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全ては未来の向こうへ行くために09



 誰もが都市船の地上部に住み、街並みの中で生活しているわけではない。
 表に出てくるわけにはいかない者たちにとって『船底』こそが、その住まいとなる。
 都市船の構造自体は積層構造であり、工業ブロックや発電・上下水道処理・リサイクルシステムなどは下層部に存在する。
 その最下層部には大量の導管がある。そこにはリサイクルシステムによって分解され、用途別に分類された有機物・無機物が流れている。
 行きつく先は、備蓄用のタンクであったり、精錬施設などである。
 これらの施設すべてはほとんど無人化され、定期的に管理者が巡回する程度である。ゆえに、人気をきらう者たちにとっては格好の隠れ家として機能する。
 
 旧地球時代の下水道のように、地下世界は人の身長とおなじくらいの太さを持った導管が網の目のように敷設されていた。
 それらには当然管理用の側道があるものの、やはり薄ら暗いことに変わりはない。
 昔と変わったことといえば、下水道特有のあのクサさや、不潔感などから解放されていることだ。

 そんな地下迷宮に類似した世界を男はうろついていた。

 ガルム、という名を持たされたD因子による再生クローン。
 ARKS研修生時代に死亡し、回収されなかった遺体に着目した『DF』が、己と敵対する人類なる種を理解するために作り出した模造体である。
 角ばった顎、筋肉に覆われた首と肩、そして際立つ背筋。よく鍛えられ、また、よく働く人物特有のきびきびとした動きが際立っていた。
 短く刈り込まれた髪は衛生的である以上に実用的。まとっている装具も、ARKSならば汎用的に使用されている目立たない実用一辺倒のそれだった。
 つまり、どこにでもいるARKSに見える。

 彼の記憶は混濁していた。
 生きていることくらいは認識できているが、自分という存在が限りなく半透明なものに思われるのだ。
 記憶はある。
 ARKS研修生時代の最終試験、ナベリウス降下で『ヒマワリ・ヒナタ』を失ってしまったという苦い思い出。
 そして、己の弱さに耐えられなくなった彼は、ARKSから脱走し、あてもなく地下世界に逃げおちたのだ。
 だが、この記憶はあまりにも『痛み』が少なすぎた。
 もし本当に己にとって大事なものが失われたのだとしたら、そこには『痛み』があるはずだ。
 しかし、悪夢としてみさせられるヒマワリという女の喪失劇から感じる痛みは、心の痛みというよりもむしろ『体の痛み』であった。
 なぜか、理由はわからない。ただ、ヒマワリという彼にとって特別な赤い髪をもった娘が失われたにしては、心臓を抉り出したくなるような苦しみを感じることができなかった。

 管理用に作られ、ながい航海の中で使用されなくなった宿直管理室を、彼は占有していた。
 不思議と、誰もここを発見することはなかった。その理由も、彼には分らない。
 なぜこの部屋に住むようになったのかも思い浮かばないが、とりあえず、帰るべき場所がここにしかない、というのだけは理解できていた。
 
 その部屋には、簡易なベッドと、ささやかなキッチン、そして古びたテーブルとイスが置かれている。
 どれもこれもとってつけたようにインテリアとしての統一感がなく、寄せ集めただけのように思われた。
 それは、彼自身の記憶も同じである。
 
 とりあえず、彼はキッチンでコーヒーを淹れた。
 マグカップに注がれたそのコーヒーの香りは、本当に自分の好みなのか分らない。
 わからないことだらけだ。時折、熱に浮かされたように体がだるくなり、意識が混濁し、夢見心地になる。
 ふと我に返ると、わけもわからない所に倒れていたり、知りもしない場所のベッドで眠っていたりした。
 今、ここでコーヒーを飲むことが己にとって本当に『やりたいこと』と言っていいのかすらも、確信が持てない。

 彼は、淹れたコーヒーをすする。

 苦いだけの、ろくでもないものだった。香り、というのは脚色されたまがい物にしか思えない。
 熱く、苦く、ろくでもないコーヒー。それはどうも確実に存在しているのだが、それを飲む自分というものを信じることはできない。
 だが、彼には信じるか信じないかではなく、やらなければならない仕事がある。
 今日もその仕事が、彼の部屋に備え付けられた電子機器に届いていた。
 
 ガルムの仕事は、『反政府主義者』の抹殺である。

 彼がなぜそのような仕事についているのか、彼自身分らなかった。しかし、それを自然にこなすことはできた。
 上手にできる以上、それをやり続けるしかない。
 彼は半分ほど残ったコーヒー片手に、電子機器と自己の携帯端末を接続する。
 すると、自動的に自らの端末に必要なファイルが転送され、元のファイルは消去ないし別のファイルへと偽装書き換えがなされる。
 そして、彼は自らの端末をいじり、仕事内容を確認する。

 今回の案件は、ペーパームーン自治王国に侵入しようとしているARKSを始末すること、だ。
 すでにペーパームーン自治王国にはARKSが二名入っている。それとは別件である。
 その二人についてはガルムも詳しく知っている存在であったし、想えば妙に狂おしくなるものだった。
 しかし、そこには明らかに記憶の矛盾があった。死んだはずのヒマワリが生きているという事実である。
 これについて、ガルムの回答は実に単純なもので、ヒマワリの遺伝子ベースのクローンが再生産されたのだと思っていた。
 いつぞやの仕事で、ガルムはクローン技術者を暗殺した。その技術者の部屋には死んだはずの娘の再生クローンがいたし、その子を技術者は愛していた。
 だが、それは反人間的な行為であった。
 命は失われなければならない。終わらぬ命など、人ではなく、べつの何かとなってしまう。
 そのような衝動が、理由もなくガルムを支配し、そして仕事を完遂させた――幼いクローンの娘の命を絶ったのだ。
 理由はわからぬままに、彼の心は『命に限りなき者』が反人間的存在であるという思想に支配されていく。
 なぜそんなことを思い込むのか自分でも理解できないが、それでも、抗いがたい誘惑として日々彼の心を食らっていく。
 そして、彼に『仕事』を依頼してくるORACLE船団元老院の紋章とパスコードが使用された『何者』かの命令は、ガルムに有用性と価値を与えていく。
 この自己肯定に、ガルムは抗えなかった。
 なにかが強烈にかけている自分の人生に、肯定感を与えてくれるのであれば、そこに溶け込んでしまいたい誘惑がある。
 それに抗することなど、彼にはできないのだ。
 だから、彼は準備を始める。与えられた課題を達成するために。



 入国管理局での手続きを終え、宇宙港のラウンジでキャスト向けの電子アルコールを摂取している女がいた。
 よく整備された、ある種のフェティシズムを持つ人々を歓喜させる清純さを表象するボディラインと、顔の造形は、一流の工業芸術家集団『芸術結社モリ工業』によって削り出されたフレームだ。
 本物の頭髪よりもより繊細に作られた金髪は、手入れの難しいP繊維であり、維持するだけでも金がかかりまくるものである。
 しかし、それだけではただの愛玩ないし娼婦型キャストと変わらない。
 そのキャストにはARKSのロゴがあるのだ。しかも、人でいう『へその下』あたりに、外観の清純さとはまた別の意味でダイナミックな明朝体で記されている。また、ロゴのわきには、型番と思われる記号『ELSASS』との記述も見られる。
 型番がそのまま彼女の呼び名となり、そして誰が付けたか不明な愛称である『ロレーヌ』をつけて、こう呼ばれる。

 アルザス=ロレーヌ

 任務成功率100%の女キャストといえば彼女ということになる。
 あらゆる任務――ARKSのお家芸たる惑星探査から、ARKSと『不幸な利害関係』を有した者の排除、そしてARKSの組織に害をなす内部の問題児の処理を、必ず遂行してきた。
 そんな彼女に今回課せられた任務は、ARKS的にはメリットのある人材を始末している犯人を排除することである。
 犯人については目星がついているし、頼もしい増援もいる。
 
「おまたせしましたぁ。うふふ、うふふふ」

 かっぴらいた赤い瞳の目立つ女性キャストが、アルザスと相席した。
 実のところ、アルザスのセンサーに感はなかった。知らないうちに『頼もしい増援』に対抗電子戦を展開されていたのであろう。

「久しぶりですこと。あなたとのお仕事なんて久しいものね」
「(リサはですねぇ、人を撃てるなんて幸せ者です。うふ。だって、人ですよぉ? 死んじゃうんですよぉ?)」

 リサなどという、短く簡潔な名前を持つ女キャストは、思考プログラムに問題を抱えていた。
 あれこれあってOSアップデート作業中にデータエラーが発生し、倫理規範意識プログラムに深刻な障害をもっているのだ。
 一方で、通常のキャスト以上に有機生命体近似の『非論理型非線形思考』を獲得しているため、ARKS上層部は便利であるとしてそのまま放置している。

「(勝手に思考連結しないでくださるかしら。わたくし、あなたの思考に汚染されるのが嫌いですの)」
「(うふふ。アルザスちゃんはウブですねぇ。もっとつながりあいましょうよぉ? リサはですねぇ、一緒に人を殺すというハッピーを共有したいのですねぇ。うふふ、うふふふ)」
「(そんなに楽しみ?)」
「(はい。もちろんですよぉ。だって、普段は殺しちゃいけないじゃないですかぁ。殺していいのはつまらない無害な敵ばかりですしねぇ)」
「(無害な敵?)」
「(はい。リサにはですねぇ、人のほうが怪物にみえちゃうんですねぇ。機械の体のわたしに欲情したり、触りたがったり。人はやっぱり狂ってるんですねぇ。だから怪物なんですよ、人は。それでですねー、バンバンってしたくなっちゃうんですよぉ)」
「(リサは小奇麗に作られてらっしゃいますからね)」
「(アルザスちゃんを触ろうとする人もいるでしょぉ? そんなにキレイなんですからぁ)」
「(そういう方には、事故死していただくことにしておりますの。そういうクソ製造体には生きてていただいても、迷惑ですので)」
「(うふふ。やっぱりリサとアルザスちゃんはオトモダチになれそうですねぇ。一緒にクソを作るだけの人をバンバン殺しちゃいましょうねぇ。うふふ)」

 クソのような有機生命体を殺せるなんて、最高じゃないか、という点で二人の意見は一致した。
 彼女たちは有機生命体たちが嫌いだった。毎日くちゃくちゃと飯を食べ、クソを作り、排出する。
 それどころか、すでに生殖能力を失って久しいはずなのに、相変わらず快楽のために体をからみあわせる男と女という有機体も気に食わない。
 挙句、ダリッド(市民権をはく奪された者たち)がしけこむ暗黒街では、特殊な嗜好の持ち主たちのために『愛玩用キャスト』まで製造されているとか。
 そういう『女の体を使うこと』『男の体に使われること』を中心に世界を解釈しているとしか思えない有機体どもを、彼女たち二人は皆殺しにしたいと思っている。
 リサも、アルザスも、自分たちの体が有機体の『雌雄』に分類しうるように製造されたことが、気に食わないのだ。
 そもそも、なぜ有機体は己の雌雄についての常識を、精緻な機械生命体であるキャストにまで適用しているのかが理解できない。
 奴らは相変わらず同性愛者について偏見を抱く上に、異性愛者同士で嫉妬に駆られるクソ製造器であり、クソのつまった肉袋にしか過ぎないではないか。
 どいつもこいつもセックス・セックス・セックス。セックス至上主義な有機体の文化をみていると、二人は爆弾を仕掛けて世界を消し去ってしまいたくなる。
 あげく、それを取り繕って間の抜けたことに『友情』だの『愛』だのとわめきたてる。
 ならば、人殺しなどやめればいいのにとの論理解が導かれるのに、いまだに奴らはそれがやめられない。
 まったく、光速で思考できるわけでもなく、論理によって自己を統制できるわけでもない有機体は、彼女たちから見たらウーダンかサルの群れにしかみえない。

「(それでですねぇ、クソ袋をどうやって殺すんですかねぇ)」

 リサは太陽もつられて笑ってしまうのではないかと思えるほどに、明るい笑みを浮かべていった。
 クソ袋、とは有機生命体、すなわちヒューマンやニューマンのことである。
 今回の二人の任務で殺す相手は、ヒューマンであるから、やはりクソ袋という呼称になる。

「(あらあらクソ袋だなんて差別的ですこと。せめて肉袋とよんであげては?)」

 アルザス=ロレーヌも嬉々として答える。ただし、二人の会話はあくまで直結されており、はたからみれば見詰め合って電子アルコールを摂取している美人キャスト2体でしかない。

「(おや、おやおやおやぁ? アルザスちゃん、もしかして作戦がないのですかぁ?)」
「(まさか。用意周到なのが、わたくしのやりかたですのに)」

 アルザス=ロレーヌによると、今回の排除対象をおびき出す場所と方法は手配済みらしい。
 いわく、ARKS上層部が、ARKSと敵対的、ないし利害が衝突している組織に対して、『ARKSの重要な情報をもった使者2名がペーパームーン研修所に向かう』との偽情報をリークしたとか。
 さすがにそれだけでは確度が低いので、補強証拠として、ARKSの中でも実力者(というより、ARKS上層部の信頼を得ている者とされている存在)を送り込んだというわけだ。
 ARKS上層部と通じていると、広く噂されている二人の投入は、悪くない誘導となるだろう。

「(うふふ。アルザスさんはワルですねぇ。いとしいくらい、ワルイ人ですねぇ)」
「(あなたも相当に、おかしい方だと思いますけれど)」
「(リサをほめてもですねぇ、何も出ませんですよぉ)」
「(……では、まいりますか)」

 二人は会計を済ませ、ラウンジを出た。
 彼女たちの機械の瞳は、まるで人のように嬉々として輝いていた。
 ついにクソ袋を殺せるという喜び。そしてリミッターを解除して、合理的に敵と戦えるという充実感への期待。
 足取りは軽く、天使のような笑顔で、どうやって対象を破壊するかを二人とも考えているのだった。

テーマ : PHANTASY STAR ONLINE2
ジャンル : オンラインゲーム

全ては未来の向こうへ行くために08


 都市計画、というものがある。
 人が量子的存在になって、データサーバーに保存されているような世界ならば、都市などは生まれようがない。
 しかし、都市船ペーパームーンは一応、体を有する人々があれこれ楽しんだり、悩んだりしながら生活が営まれている。
 となると、人がその生活の丈に応じた施設を必要とするようになる。
 各々の住居に始まり、幹線道路、支道、上下水道、天候調整機関、ごみ処理施設から公共行政サービスの窓口施設まで。
 人の出入りが多い場所ならば大型のテレポータルを配置して、人々の移動が容易になるように手配しなければならない。
 そして、何よりも経済である。
 ペーパームーン自治王国が巨大経済船である以上、経済への配慮は不可欠である。
 工業地域、商業区、学区、住宅区などを有機的かつ効率的に組み合わせ、人とモノがスムーズに流れるように作らねばならない。
 そこでは数学的集合論が駆使され、オペレーションズリサーチ的な応用数学、はては金融工学が多用される。
 都市計画、というものは知的集約なのである。

 さて、この都市計画によって、ペーパームーンの官庁街は都市の中央に配されている。
 官庁街には、王国の象徴ともいうべき王宮(旧地球歴時代のマドリード王宮を模倣)があり、それを囲む形で近代インテリジェントビルが林立する。それぞれのインテリジェントビルには王国を導いたり、惑わしたりする様々な主要官庁が入っている。
 そして、すべてのビルの最上階には女王の執務室が置かれている。
 建前上、すべての権力が女王の掌の中にあることになっているので、形式的に設けられているのだ。
 ただし、慣習上、女王は王宮の中で政務をとるがゆえに、それらの建前的な執務室は、普段は各庁舎にやってくる社会見学の子どもなどに公開される広報センターとされていた。
 それでも、一応は執務室ということで最低限、統合司令部的な機能を果たせなくはない程度の施設が、表には見えない壁の裏側に隠されている。
 スイッチ一つで壁が床下に沈み込み、本来の統合司令機能を露出させるのだ。

 白き王宮が、憎むべきダーカーの手によって血に染まったことから、今は臨時的に環境省とリサイクルシステム庁の合同庁舎最上階に、ココ女王は間借りしていた。
 そして、壁一面に表示されている老若男女有機無機の面々とにらめっこ、ないし御前会議を主催していた。
 とはいえ、普段ほとんどは各級大臣及び高級行政官たちによってお膳たてが済んでおり、女王は「よきにはからえ」と言っておけばいいだけなのだが。
 しかし、今回ばかりはそういうわけにもいかない事態になっていた。

「陛下、今回の一件で市民の中に不信の種がまかれたものと考えるべきです」
 と、実務を統括する宰相がベテランの風格と余裕を見せつけながら、方針を論じる。

「すでに広告代理店のP&PサイバーエージェントLtd.に業務委託し、世論誘導を開始しています。臨時の広報予算の捻出についての是非、お願いします」
「問題はARKSの避難誘導によって市民の財産に被害が出たことです。この点について賠償をするか否か、決済が必要です」
「航海運営庁より要請の儀があります。船外に緊急展開した自治政府軍と、ダーカーとの交戦で船体が損傷しました。臨時の補修予算の支出と人員の手配についてご検討を」
「陛下、――につきましても……」

 と、延々と高々14歳のわがままな小娘に決済を求める事項が上奏され続ける。
 ココ女王の執務席に置かれている端末には、大量の『未決済』ファイルが蓄積され、うち『至急』だけでも数千件ある。
 歴代の王がどれほどの執務を行ったか、ココは知らないが、少なくともこれほど忙しくはなかったのではないか、とも思えてくる。

「――宰相、そなたに委任はできぬのか?」

 ココは今まですべてを任せてきた老人に尋ねた。

「陛下、恐れながら申し上げます。今回の件、臣ごときが一切を任されるにはあまりに大事。陛下の聖断を以て、民の未来を示していただかねば」

 そう言われても、とココはうつむく。
 今の今まで、ココ女王はほとんど実務から切り離されていたし、形式的な儀礼さえやっていれば、国民は勝手にココを女王ないし一ノ姫として敬意を表してくれた。
 いわば、精神的な依り代として、のほほんと生きていればよかった。

「そなたらが必要であると申すならば、すべて必要なのであろう。すべて許可する、というわけにはいかぬか?」

 正直、ココ女王は疲れていた。王宮から助け出され、己の傍仕えたちの死を見せつけられたのだ。
 お前のせいだ、と言わんばかりの死者の存在に、ココは心の目と耳をふさぎ、言い訳を作り上げて、対処した。
 結局、ダーカーが悪いのだ。余が悪いのではない、という安直な子どもの言い訳で自分をごまかして、毎日をしのいでいる。
 だが、そろそろ心がきりきりと妙な音を立て始めている。
 しかし、誰一人としてココに休むことを許すものはいない。特に、王国軍(自治王国軍や自治政府軍とも。法令上は呼称が混在している)からの突き上げがひどくココを苛んでいる。
 他の大臣や高級行政官たちはココ女王を今までお飾りにして育ててきたという自覚があるから、ある程度、彼女を補佐しようと手を貸してくれている。
 しかし、自治政府軍は新参だ。ココ女王が形式的なお飾りであったかどうかなどまったく意に介さない。
 ひたすらに、高貴なるものの義務を果たすべし、と文句を言ってくる。
 他の官庁も王国軍の『モノよこせ』『金よこせ』『権限よこせ』との要請・介入・恫喝にほとほと困り果てていた。

「全て許可する、ということは、我々の予算申請はすべて認められるということで? それはありがたいわね」

 ココから見て一番左端に映っている冷血そうな女性キャストが、顔色一つ変えず、それでいてとてもうれしそうな声色で言った。
 画面下には、でかでかと王国軍総司令官キァハ=キルルの名が表示されている。
 形式的にはココの命の恩人、ということになるが、ココがわざわざ謝意を述べてやったにもかかわらず『……生きてても有害ね』などとほざいた許しがたい臣下である。

「陛下、恐れながら申し上げます。すべての申請を裁可されますと、我が国は229年分の国債を発行することになります」

 財務省主計局から御前会議に出席している男性キャストが、わざわざココにわかりやすく円グラフやら棒グラフを作って、視覚的に教えてくれた。
 青が歳入で、赤が支出。黄色が国債。
 すべて裁可の場合、画面は真っ赤であり、ひどいカレーのシミみたいに黄色が支配的に広がっていく。

「ひどい債務超過じゃな」
「ですから、陛下の御聖断が求められているのでございます。何を優先し、何を切り捨てるのか。それを決断していただきたいのです」

 宰相が申し訳なさそうに言った。

「今、決めねばならんのか……?」
「今すぐ、というわけではございませんが、できる限り早急に、というのが臣らの総意でございます」

 猶予はないのか、とココは降ってわいた重責に慣れる時間が与えられないことを理解した。
 もともと、それなりにココは聡明な少女ではある。ただ、元来の性格がワガママであるし、それが育ちによって助長された。
 彼女についていた家庭教師たちも、彼女に『帝王学』を授けるよりもむしろ『象徴としての女王』をこなせるようにとカリキュラムを組んでいた。
 しかし、そういう象徴的女王になって日々をこなす『予定』は先日、失われてしまったのだ。

「……今さら、余にすべて決めよというのは、あまりにも虫が良すぎるとはおもわぬか?」

 ココが画面に向かって文句を言うと、臣下たちはみな視線をそらした。
 キァハ指令だけが、何を考えているかわからない冷たい無表情のまま、じっとココを見ている。

「王国軍総司令官! そなた、なにか言いたいことでもあるのか?」

 ココはいらついた口調で問いただした。

「別に。さっさと決めてくれないかしら、って考えてたのよ。陛下の決断が遅れりゃ、その分だけすべてが後手に回るわ」
「?」
「バカなコ。敵はこっちの都合みて攻めてくるわけじゃないってことよ」
「バカとはなんじゃっ!」
「あら、失言だったわね。ごめんあそばせ」

 謝るつもりなどついぞ感じられないキァハ司令に、ココは気勢をそがれる。
 この者は苦手じゃ、と胸中で愚痴る。

「――本日の御前会議はこれにて終了する。余はいまから思案に入る」

 ココはやらなくてはいけないことが山積みなのに、先延ばしする選択をしてしまった。

「ははっ。仰せのままに」と臣下も追従する。
 そんな御前会議の様子を、キァハ司令はその現実しか見えない機械の眼差しで、冷ややかにとらえていた。



 P&PサイバーエージェントLtd.は、ペーパームーン以外の都市船にも多数の支社を有し、広告市場において25.3パーセントを占める巨大企業である。
 高々4分の1で巨大企業と評価するのには理由がある。
 まずは法的観点。
 ORACLE船団共通の経済条約であるORACLE健全競争促進条約によれば、26.6パーセント以上の市場シェアを獲得することは寡占企業と判断され、公正取引委員会の介入対象となる。
 この寡占企業要件に当てはまらぬよう、巧妙に市場を支配しているP&PサイバーエージェントLtd.は、法的には限界ギリギリを行く寡占企業候補である。
 そして、実質的観点。
 広告代理店市場において4分の1を支配するということは、実質的にはエンドユーザー、すなわち広告を受ける側の情報の4分の1をコントロールしているということになる。
 市民が日々接する広告情報の4分の1を制御する立場にあるということは、その購買意欲、商品の認知度の面においてとんでもない影響力を発揮しているというべきである。
 そして、P&PサイバーエージェントLtd.は、その市場シェアを生かして各船団政府すらも顧客として抱え込んでいる。
 船団政府相手の広告パッケージは、一般企業向けとは異なり、まさにその市場シェアを利用した世論誘導――P&PサイバーエージェントLtd.の商品名では『政策広報企画』である。
 
 そんなP&PサイバーエージェントLtd.からペーパームーン王国に派遣されてきたシニア・マネジメント・コンサルタントは、ペーパームーン官庁街にあるバリスターズ・カフェで微笑を浮かべながら店内のディスプレイ映像を見ていた。
 手元にあるカプチーノは、半分ほど飲まれたまますっかり冷めてしまっている。
 だが、冷めたカプチーノなどはどうでもいいくらいに、その眼差しには熱量があった。
 その熱量のある瞳、そしてスマートな頭脳、クールなマスクにハスキーなヴォイス。派手ではないが洗練されたスーツをまとい、センスのいいネクタイを優雅に結んだその男に説得されれば、どんな広告企画だって通ってしまうだろう。
 だが、彼の仕事は広告を作り、人々に情報を提供する仲介をして金を儲けることではない。
 よく観察してみると、男のはいている革靴の底は、ARKSなどでも正式採用されている摩擦制御式と同じものがあてがわれている。
 ニューマン男性特有の繊細な指先についても、隠しきれていない治療整形跡がうっすらと残っている。その跡が残っているのは、おおむね素手で刃物と対峙した場合に傷つく部位ばかりだ。
 そして、かすかにスーツの内側、脇腹のあたりに物騒なものがしまわれている。引き金を絞ると、フォトンの弾丸が飛び出すおなじみのアレである。
 熱量のある眼差しは、一方で冷静に店内を自然に観察し、人の流れ、座った位置、話している態度などを掌握している。
 見る人が見れば、そいつがただの広告屋の営業マンではないことくらい一発でわかる。
 
 そんな彼の席に、黒い服を着た、うすら暗いカラスの羽よりも黒い髪が目立つニューマンの少女が、アイスコーヒー片手に相席してきた。
 デート、というには少々華やかさがたりないし、双方にあってしかるべき信頼感や恥じらい、ないし浮ついた空気が感じられない。
 一方で、デートなどの数百倍を超える緊張感が漂っていた。冷めたカプチーノが凍ってしまってもおかしくないくらいに。

「アジャン、わたしに用ってなに?」

 黒髪のニューマン少女――パステルが、先に口を開いた。
 今日の彼女の唇は、戦闘用の実用一辺倒のリップクリームが塗られているだけ。
 つまり、デートでないことは確定済みということである。

「人違いですよ。私はP&PサイバーエージェントLtd.のヴィンセント・イェリネクと申します」

 スーツの男は微笑みながら答えた。その口調は優しく、そして甘い。

「声を変えたってわかる。あなたはアジャン」

 パステルも引き下がらない。
 彼女はコンタクトレンズ型電算ヴィジョンを使って、ORACLEアーカイブのサブフレームにアクセス。戸籍情報を洗い出した。
 ヴィンセント・イェリネクという市民登録を見つけ出した。彼女はその情報が『いつ作られたのか』を確認するために、ソースを閲覧する。
 するとどうだろう。パステルが有するセキュリティ・クリアランスをもってしてもアクセスがデナイされたばかりか、逆に検索しているこちらをタグ付けし、情報ルート解析をしかけられた。
 彼女は日頃想定している仮想プロキシとダミーアクセスシグナルを配置して、アクセスを遮断した。
 そのために、彼女の目が一瞬だけ痙攣した。

「おや、コンタクトの調子がお悪いのですか? 当社の顧客にいい会社がありますから、無料で手配いたしましょうか」

 さも気遣いのように告げるヴィンセント・イェリネクに対してパステルはうんざりする。

「わかってるくせに」
「女性をからかうのって、嫌いじゃないんですよ」
「アジャンは、同性愛者」
「その、アジャンという方は本当に存在していたのでしょうか? 愛は、本当にあるのかと同じくらい気になるところですね」

 パステルの検索に、アジャン・プロヴォカトゥールという男の市民登録はヒットしなかった。
 以前はそこの部分にあったはずの紐付きデータが、きれいに抹消されていた。それどころか、アクセスしたパステルに対してメッセージまで置いてあった。
 『深淵を覗くとき、深淵もまたお前を見ているのだ』と。

「わかった。仮にあなたをヴィンセント・イェリネクだとする」
「聡明な女性は、好きですね」
「わたしは賢すぎる男はきらい。平気でウソをつくから」
「私はウソをつく女性も好きですね。ばれてないと思っているのが可愛くて」
「……」
「ヒマワリさんが店内にいるみたいですね。うちの『検索員』が背後をとりました」
「彼女はここにいない」
「いますよ。ほら、そこに」

 ヴィンセント・イェリネクなる男は、レジカウンターで『いらっしゃいませーっ!』と笑顔を振りまいている女性を指差した。
 人形みたいな無表情を顔に張り付けて生きてきたパステルの、うつむき加減の視線が揺れた。
 
「髪を下して、顔のタトゥーを化粧でごまかしていますね。でも、骨格までは変えられないし、ミニスカートからのぞく脚は、健康的な彼女のそれですよ」
「ヘンタイ。どこまで観察してるの」
「もちろん全てです。あなたの陰毛の色だって知ってますよ」
「……最低」
「結構です。最低野郎にならなければ、守れないものだってありますので。ちなみにここの店長は私の部下です」
「ますますあなたたちが信じられなくなった」
「それは残念です。またお友達が減ってさみしくなりますね」

 つまり、パステルが面会している相手は、ORACLE船団政府の法務省ないし最高法院に属する『種族問題対策』の名を関した工作機関の『名無し』である。
 いや、そもそも法務省や最高法院に種族問題対策課なる組織があったのか、今では定かではない。
 知らないうちに、公式サイトから消滅していたし、広報資料によれば、別の庶務課のようなところに統合されたとあった。
 パステルは、いよいよこの不審な男を信じるつもりがなくなっていく。
 アジャン・プロヴォカトゥールであり、あるいはヴィンセント・イェリネク。もしかしたらほかにもたくさんの名前と顔と職業があるのかもしれない。
 まるでBGMを入れ替えれば鳴らす曲を変えるミュージックコンポみたいな男だ。

「さて、用件なんですが、実に単純。ちょっとした質問と確認です。まず、この船でARKSを募集するおつもりですか?」
「答える義務はない。わたしにも守秘義務がある」
「つれないですね。コーヒーをおごらなかったからですか?」
「たとえ家をくれても、答えないと思う」
「まいったな。女性の扱いは再トレーニングが必要みたいですね」
「そう」
「……では、こうしましょう。私が今から独り言をつぶやきます。どうです?」
「好きにすればいい」

 パステルのつれない返事を受けて、ヴィンセントないしアジャンもしくは名無し男が、冷めきったカプチーノを飲み干した。

「こないだの騒動、あれ、F機関の動きです」
「――」
「私どもはF機関というのが政府系の別の工作機関だと踏んでたんですが、ちょっとおかしい」
「……」
「どうもF機関とやらは、確かに政府系の組織の態を装っていますが、その構成員がかなり不審なんですね。私どものように周到に準備された工作計画にのっとって市民情報をあれこれしたりしている様子がないんです。なんというか、単純にやっつけ仕事的に自己の存在を確定しようとしているんです。そこで、一つの仮説が思いつきました」

 そこまで話して、ヴィンセント・イェリネクは話を中断した。
 パステルは不思議におもったが、次第に目の前にいるイケメンの表情が曇りはじめた。

「……申し訳ありません。私用につき、失礼します」

 ヴィンセント・イェリネクはスマートに立ち上がり、軽くパステルに頭を下げると、足早にバリスターズ・カフェから出て行った。
 
「私用なんてないくせに」と、パステルはずずっとアイスコーヒーをすする。

 彼女のグラスの中から薫り高い黒が失われ、氷だけが残ったのを、目ざとく店員が見つけた。

「おかわり、いかがっすかーっ?」と、健康そうなおねぇさんが、彼女に声をかける。
「それ、居酒屋のノリになってる」
「あれ? そっかなー。アタシ的にはカフェってこんなイメージなんだけどさ。にしても、アジャンのヤツ、おせーな」と、あたりを見回す。
「……」
「で、さっきのイケメン、なかなかイイ男だったじゃねぇか? お前がわざわざ相席しにいっちまったのも驚いたけどよ。成長したもんだぜ、魔女っ娘もよぉ。このこのぉ」

 パステルは、じっとりとした目つきで、ヒマワリにアイスコーヒーのお替りを要求した。

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全ては未来の向こうへ行くため07



 パステルは思い悩んでいた。なぜわたしなんだろう、と。
 頭から熱いシャワーを浴びても、もやもやが残る。
 ARKSは、良くも悪くも彼女の居場所だ。それは理解している。
 ペーパームーンでARKS研修所を切り盛りする。それだけの仕事。
 けれど、それが彼女にとってつらかった。
 一番つらいのは、ヒマワリが『所長』と呼ぶこと。
 今までは、同じただのARKSとして、二人でなにも考えずにバカなことばかりしてきた。
 考えが足りないヒマワリに振り回されるように、彼女は自分一人では突っ込まないようなところまで首を突っ込んだ。
 死にかけたりもしたけど、スーパーで買い物して、二人でパスタを食べたりしてきた。
 そうやって彼女たちは、身長は違ったけれど同じ目線に立ってはいた。
 でも、今はそれが失われ始めている気がするのだ。少なからぬ調和。科学的なハーモニーが損なわれようとしている。

「もう、ヒマワリはわたしを『上司』だと思ってるのかな」

 だとすれば、辛かった。
 そばにいてくれる友だちが、すこしちがう何かになるなんて認めたくないと思う。
 砂漠の中で、渇き続ける旅人のようにパステルは『友だち』を渇望していた。
 ヒマワリは少しパステルとは釣り合わない残念な知力の持ち主だけれども、それでもパステルは救われていた。
 頭の中で世界をこねくり回すだけの、インテリ気取りの連中よりもずっと好感が持てたし、率直な態度は嫌いじゃなかった。
 でも、ARKSの上の人たちはパステルに『ヒマワリを部下としてつける』という決断をしたのだ。
 今まで通りの、ちょっとまぬけな関係をつづけることができるのだろうか?

「……でも、また一人になるだけ」

 そう考えれば、しくしくする胸の奥を少しだけやわらげることができる。
 もしかしたら、もう決めなければならないのかもしれない。
 
「ARKSとして、みんなを守らなくちゃ。たとえ、わたしが一人になっても」

 今日は無理やり街に火を放って市民を誘導するという暴挙に出た。
 ヒマワリ用にバカな言い訳をつけてみたけど、あのときのパステルは必死だった。
 ここでARKSがなにもせず、市民に犠牲者を出したなどとされれば、ペーパームーンでのARKSの発言力は低下するだろう。
 いままで様々な都市船で長年かけて積み上げてきたARKSに対する市民の信頼を保つためにも、たった二人のARKSだろうと、武器のない人たちを守りきらねばならなかった。
 たぶん、自治王国の執政府あたりから『なんてことしてくれたんだ!』という抗議と損害賠償請求がくるだろう。それは覚悟してる。
 いざとなれば、そういう時のために所長に与えられる『部外調整費』を支出するだけだ。
 慣れない議員相手の工作だってやってみせる。ヒマワリに迷惑はかけられないし、所長はパステル自身なのだから。

「おい、魔女っ娘。アタシも入るぜ」

 バスルームの半透明の制御扉から、ヒマワリの声がきこえた。

「だめ。教義によれば、同性でも一緒にはいれない」

 そんな教義はないが、今の自分をみられるわけにはいかないから、パステルはそんなつまらないウソをついた。

「バカヤロー。そんな協議はねぇだろうが。こないだだって一緒に入ったしな」

 そういえば、そうだったとパステルは思い出す。失策だった。
 ヒマワリは遠慮なく、その健康的な鍛えられたカラダをさらしながら、手拭一枚もって入ってきた。

「へへっ。お前、どーせあれだろ? 一人であれこれ考え事してたんだろ?」
「してない。わたしは冷静」
「……ふーん。ま、いいさ。背中流してやろうか?」
「背中くらい、自分で洗える」
「シャンプーが目に入るのは、怖がるくせに?」

 ヒマワリがパステルのかぶっているシャンプーハットを指差してからかう。

「うるさい。あなたはデリカシーがない」
「デリバリー?」
「……もういい」

 パステルは黙ってバスタブのほうに向かった。
 ただっ広いバスルームには、ヒマワリが何かの懸賞であてたジャポン式の大きなバスタブがついている。
 湯がとめどなく浴槽からあふれる、素敵な温泉気分仕様らしい。水の無駄遣いのように思えるが、完全循環機構搭載の優れものだ。
 パステルは湯船に白いからだを沈めた。
 あたたかく、落ち着く。湯気がからだのなかに染み入って、かたくなな何かを溶かしてくれるようだ。

「なぁ、魔女っ娘。あとでドーナツ食いにいかねぇか?」
「……太るからいい」
「ぷっ! おまえ、そんなこと気にしてたのか?」
「わたしは、ヒマワリみたいにスタイルよくない」
「そりゃ、ここ最近引きこもって本ばっか読んでるからだろ」
「仕事。所長は忙しい」

 パステルはぶくぶくと口元まで浴槽につかった。
 そんな彼女の様子をみて、何を思ったかにやにやしながらヒマワリが浴槽にもぐりこんできた。
 そして、パステルのからだにからみついてきた。

「おっ! おまえ、けっこうふわふわ系だなー!」
「なっ! ホ、ホビロン!」

 思わず、パステルはFSM教団の秘密の呪文を唱えてしまった。特に、何か効果があるわけではないが。
 パステルのまるいお尻や、おなかまわりをヒマワリが失礼にもむにむにしてきたのは、さすがに問題だった。
 それなりにパステルも気にしてはいるのだ。

「あ? ホビロン?」
「ホントに、ビックリするほど、論外」
「ふーん。地球歴時代の古語かなにかか?」
「……ヒマワリには関係ない」
「あ、このやろー。アタシを馬鹿にしてるだろ」

 ヒマワリはさらにパステルのカラダをむにむにしていく。

「や、やめ、あんっ」
「ははーん! 御嬢さん、ここが弱いんですな、わかります。わかりますぞっ!」
「このバカ、ヘンタイ!」

 パステルは思わず、手をかざして軽く詠唱をしてしまった。
 その詠唱は軽度のゾンデ――すなわち電流をあれこれするシビレる一撃だった。
 当然のことながら、同じ浴槽につかっている二人は、ともに感電した。
 ふわふわ系の魔女っ娘と、健康美なヒマワリが惜しげなく裸体を浴槽に浮かべてノびてしまったのは、仕方のないことであった。



 夜中のドーナツショップで、ヒマワリとパステルはアイスコーヒーを飲みながらダラダラしていた。
 風呂場で溺死しかけた二人は、消耗したエネルギーを補給するためにドーナツを食べることに合意したのだ。

「なぜ、ドーナツの真ん中が開いてるか知ってる?」
「さぁな。暇なレンジャーが撃ちぬいたんだろ」
「フライングスパゲッティ―モンスター様の供物として捧げられたから」
「それ、お前の信仰上の話か?」
「ぜんぜん。ただの冗談」
「おい」

 二人はくだらない話をしながら、ドーナツをもぐもぐと食べた。
 店内に客はまばらだった。水商売でもやってるんだろうニューマンの娘とヒューマンの女が、男の悪口を言いながらカフェを飲んでいるくらいだ。
 とりあえず、無駄話にあきたパステルとヒマワリは、店内に設置されている大型のディスプレイを観た。
 そこでは、今日の――厳密にいうと昨日の夕方の惨事についての緊急特番がひっきりなしに流れていた。

『――市民の犠牲者は幸いなことにゼロと、自治警察の初動活動が見事に行われたことに市民は安堵の声を上げています』

 そして映像には、『王国警察』のエンブレムをでかでかとつけた戦闘装具一式を着用する警官隊がダーカーを駆逐していた。
 ヒマワリとパステルが暴れていた地域についても、火災の事実は伏せられ、警察がいかに活躍したかという映像が流れ続けていた。

「おいおい……」とヒマワリが苦笑する。
「情報統制って素敵」

 パステルはずずっとアイスコーヒーの残りをストローで吸い上げて、お代わりを店員のオネェさんに頼んだ。
 店員のオネェさんがかしこまりーと、お代わりを注いで彼女たちの席から離れていった。
 それを確認してから、ヒマワリが口を開いた。

「今回は正規軍があきらかに活躍してただろ」
「正規軍じゃない。自治政府軍。いや、もっと正しく言えば自治王国軍」
「どっちでもいい。とにかく、なんでこうなるんだ?」
「キァハ准将が駆け引きに出てるってこと」
「まーた陰謀屋のわるいオイルがたぎったわけだな」
「それとは違うと思う。この船は、明らかに防衛というものへの認識が甘い」
「ってこたぁ、あれか。予算でも分捕るつもりかな」
「そうかも」

 だが、実はパステルは情報統制されたニュース映像を観ていて、一つの流れに気付いていた。
 女王への責任が及ばない様に、巧妙に情報が編集され、あくまで女王が見事に自治警察を動かした、と思わせる内容になっているのだ。
 そして、特番の途中に流れるCMは、今回の事態を忘れさせるような、新規公開の映画の予告だったり、人気バンドのコンサート案内ばかりだ。
 巧妙に、現実に起きた危険な事態を日常の中に埋没させようとする意図がある。
 パステルは所長研修で教わった、情報工作と世論誘導の科目を思い出しながら、ディスプレイに流れる番組編成を分析していく。
 その編集方式は、良くも悪くも、広告代理店が間に入った民間的な手法だが、やはりニュース映像事態は政府系の映像編集が入っている以上、自治政府だれかが必死に女王へ累が及ばよう手を尽くしているのがうかがわれる。

『さて、次のニュースです。明るいニュースですねっ! 新女王陛下の即位式が前倒しで挙行されるそうです――』

 どこが明るいニュースなのか、二人にはわからなかった。
 しかし、店内にいたまばらな客や、店員たちが突然食い入るように映像に目をやったのをみて、ここの文化は王家というものにとてもニュースバリューを見出しているらしいことを理解した。
 それどころか、さっきまで男を罵る話ばかりしていた水商売がらみの女性客たちが、新女王についてなにやら楽しそうに希望を語り始めた。

「こいつぁ……相当、女王ってやつは信頼されてるんだな」
「たぶん、王家が信頼されてる」とパステルが訂正する。
「ふーん。今までの統治が相当よかったとかか?」
「ペーパームーン自治王国は、それなりに税金をとるけれど、福祉もいいから」
「んで、歴代の王はちゃんと税金を公正に使ってきたと」
「少なくとも、表向きは」
「棘のある言い方だな」
「詳細は知らないから。公開情報は、いつも美しく整っている」

 パステルは繰り返される新女王即位式にまつわる祭典の話題を流し続けるディスプレイを観ながら、静かに言った。

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全ては未来の向こうへ行くため06



 死が、満ちていた。
 人が死ぬということは、それが一つの遺伝子の終わりであるという以上に切実なものを伝える。
 特に、有機生命体の死はキァハ准将にとって受け入れがたい感情を想起させる。
 憐れみと、同情。
 プリインストールされていないはずの感情が、彼女の電子脳をかき乱すのだ。
 死に際に、家族を想起したのであろうか。
 明日の予定はあったのだろうか?
 未来を失う失意を、感じたのであろうか。

『――准将、命令を』

 床、天井、壁と四方を埋め尽くす昆虫の姿をした怪異どもをどう始末するか、第1分遣隊を指揮するランヌ少佐が問う。
 だが、キァハ准将は自らが同調している突入部隊の視野に含まれる、人々の死を凝視するばかりであった。
 ――また、あたしは守れなかった。
 彼女はすでに苦痛を感じることもないであろう、死者たちの顔から、まだイタイ、クルシイと声を読み取った。
 女中だろうか、客室にでも運ぼうとしていた紅茶は届けられずじまい。背中からダガンの鋭い脚によって貫かれて死んでいた。
 警備員だったのだろう。ひときわ凄惨に『解体』された死体は、最後まで拳銃を握りしめていた。
 

『司令?』
「撃滅しろ」

 指示とは言えない命令であったが、ランヌ少佐の胸中に歓喜のファンファーレが響く。

『了解。撃滅いたします』
「そうだ。撃滅だ」

 第1分遣隊は、撃滅行動を開始した。
 さて、軍隊における火力発揮とは統制された暴力の集中である。
 集中された暴力は、統制された破壊という結果を惹起する。
 この点、ランヌ少佐率いる第1分遣隊はみごとにこの因果の流れを生起させた。
 ダーカーは数をもって抵抗しようと、波のように退いては押し寄せてくる。
 しかし、見事な管制射撃によりアサルトライフルから発射される弾丸が途切れることはなく、また軽機関銃の火線は途絶えない。
 ブルドーザが瓦礫を押しのけるように、第1分遣隊は黒々とした悪意の群れを潰していく。

『――生存者、確認できず』
「知っている。当機は貴官の視野と同期している」

 まただ。為政者の愚かしさのツケを、為政者の代わりに市民に支払わせるとなってしまったと、キァハ准将は排熱システムが勝手に発動するくらいに思いつめた。
 この目を閉じることが出来ればどれほど都合がいいだろうか。
 払われた犠牲に目をやることもなく、ただひたすらに目の前にはない楽観的未来を見ていることを許されているならば、幸せはすぐそこにあるだろう。
 だが、キァハ准将は、人類を守る使命を与えられたキャストなのだ。
 彼女の立ち姿はすべての命の盾であり、彼女の影は守りきれなかった者たちの悲鳴なのだ。
 暗き絶望に沈みゆく人々に希望を与える光となるために、彼女の黄金に塗り上げられた人工頭髪があるのだ。

『セキュリティ装置を現認。いい仕事をしたものです』

 同調していたキァハの視野に、隔壁制御用のレバーを握りしめたメイドの姿が映っていた。
 だが、レバーを握る腕と、その体との距離は1メートル。
 そして、体と頭部の距離は3メートルだった。

「見事だ。定めある命を、力強く使い切っている」

 キァハ准将は、このような死を何度も見てきた。
 ただでさえ有機生命体というのは命が限られているのに、その命を見事に燃やし尽くそうとする者たちが、数多くいる。
 あらゆる戦場で、彼女はそのような有機生命体を見てきたし、なぜそのような行動をとれるのか論理と科学の力では説明できなかった。
 だから、彼女はそのような命の在り方を、端的に『見事だ』と評することにしている。
 それ以上に、何をいうべきかいまだにわからないから。

『同感です。女王陛下の居室周辺を確保次第、開放します』
「どれほどの命によって生かされているか、あの女王が理解すればいいのだが」
『司令、口調が……その』
「あ、ごめん。ついマジになっちゃったわ。人の心など無視しなきゃね。そうじゃないと、あたしたちは戦争が上手にできない」
『はい。有機生命体の内心への同調は、任務遂行の際に不要かと』
「鋼鉄の心と、泣かない瞳を与えられた理由を思い出せ、ね」
『……私も、人の死をみると冷静ではいられません。やはり、創造主の死は思いのほか堪えます』
「あら、素直ね」
『何百年も戦っていれば、機械にも心の一つくらい芽生えますよ』

 そういって、ランヌ少佐は自らの掌の温度を高温化し、ちぎれてなお隔壁レバーを離さないメイドの手をほどいていく。
 死後硬直で固くなった指を、己の手で包みこみながら一つ一つ丁寧に解きほぐす作業は、死者に対する敬意に満ちていた。

『――司令。人同士が争わなくなっても、我々はまだ、必要とされているんですね』

 解きほぐした手を見つめながら、ランヌ少佐はそうつぶやいた。



 隔壁を叩く音が小さくなり、代わりに銃声が聞こえたとき、ココたちは安堵に包まれた。

「余は、助かるのか」
「みたいですね。うれしいですか?」
「……」

 嬉しくないといえば、ウソになるとココ女王は思う。
 やった! 助かった! と大騒ぎしてやりたい気持ちもどこかにある。
 だが、それは漠然としたなにかによって押しとどめられていた。
 彼女自身にはそれがなにかはわからなかった。

「……!」

 ココ女王は、むしろ先ほどよりも膝の震えがひどくなっていることに気付いた。
 女王として、見なければならない現実が近づいていると心が先に悟っているのだ。
 まだ頭では認めたくなかったが、自分がろくでもない指導者であり、役立たずであることを見せつけられる瞬間が近づいていることを、心はすでに敏感に感じ取っていた。

「姫様?」
「いやじゃ……余は、助かるべきでない……」
「――いまさら気づいたんですか。姫様もお気楽ですね」

 ミカンの声はからかいが含まれていた。
 しかし、見事に梱包されたナイフのように、その言葉のもつ危うさを覆い隠してあるだけにも聞こえた。
 心のやわらかい部分を的確に貫ける言葉を、ミカンが捜しているのかもしれないと思うと、ココはいてもたってもいられない。
 彼女の心は気づいているのだ。
 女王の側に仕えている者たちは洗練された職業人であった。だからこそ、この非常事態にも関わらず、女王は『生き残っているのだ』
 本当は、このようなプロの犠牲の上に自己が生き残ったという事実を受け入れがたいだけなのだ。
 彼女は恐れている。
 プロフェッショナルとしての女王となれない自分を生き残らせるために、優れた使用人たちが消えたことが、彼女の胸をえぐるメッセージを突きつけてくることを恐れている。
 思い出せ。人は生まれながらの女王ではない。女王になるのだ! と彼女に死者が訴えかけてくる気がするのだ。
 その言葉を無視するために、彼女は新しく自分の側にあらわれた、年の近い娘に依存できはせぬかと考え始めている。
 幼さを、隠れ蓑にしても許されそうな相手を求める彼女は、やはりいまだに女王にふさわしくなかった。

 しかし、いかに彼女が現実を拒もうと、その時は迫ってくる。



 久しぶりの『実戦演習』に意気揚々とするSPEC=Bは、女王の私室に近接していた。
 SPEC=Bは、淡々と王宮内をはびこっていた黒々とした悪意の群れを射殺、銃殺、虐殺し、駆逐した。
 そして、ダーカーどもによって砕かれた命を抱き上げて、丁寧に寝かせてやったり、毛布を掛けてやったりした
 死者の列が辱められぬよう、キャスト兵たちは死体袋を用意して、それに遺体を保管していく。
 死体を扱うことにより、キャスト兵たちは死者の流した血に染まっていく。
 その血は、なぜキャスト兵たちがこの世に生み出され、この世からいなくなれないのかを思い出させる。

『未だ、血が流されているから』

 この単純な事実を覆すために、キャストたちは戦い続けなければならないはずなのだ。
 有機生命体は寿命があり、そのせいで欲があり、はかない。
 はかないがゆえに、愛するし、愛をされたいと願う。
 そんな論理的とは言い難い創造主たちを、キャスト兵たちは嫌ってはいない。むしろ、ダメなやつらだから、我々が支えてやろうと思っている。
 だから、キャスト兵たちは己の体についた創造主たちの血から、メッセージを読み取る。

『痛い――。苦しい――。なぜ――。死にたくない――』

 そのメッセージを鋼鉄の心に刻みつけて、キャスト兵たちは手にした銃を見事に扱い、創造主たちの敵を排除する。
 すべては、明日を奪われた創造主たちのために。

 そして、SPEC=Bの面々は、女王の私室を守ろうとして死んだ人々の遺体で遊んでいたダーカーを片づけ、安全を確保した。
 もっと早く現場入りしていれば変わったであろうか、と誰もが思う。

「司令、目標周辺の安全を確保。隔壁を開放しますか?」と、ランヌ少佐が訊ねる。
『よし。目標を保護しろ』とキァハ准将から返事がかええってくる。
「了解。かかります」

 ランヌ少佐は隔壁制御レバーを引いた。
 彼のヴィジョンには、同期している部下隊員の捉えている視覚情報が映っている。
 それによると、血塗られた隔壁を解放した先には、威儀を正そうとはしているが膝が震えている女王と、民間人らしき少女が映されていた。

『大隊長、対象を保護』

 隊員に随伴していた有機生命体治療ソフトをインストールしている衛生兵が、すかさず女王と民間人の娘の健康状態を把握する。
 衛生兵は問題なし。ただし過度のストレス状況下にあり、精神面でのケアが必要、と告げた。

「司令、病院の手配を。心療内科、と言ったところでしょうか」
『わかった。いま補給兵站部が手配する』
「しかし、女王は大丈夫なのでしょうか? 正直、これはただの子どもです」

 ランヌ少佐は、衛生兵に毛布を掛けられている幼き女王の姿を見て、危惧をもった。
 こんな子どもに、この国は……いや、この都市船はすべての責任を預けようとしているのか? と。
 か細い肩に重責を負わせていると思うと、女王のふらついた膝は重責に耐えかねているかのようにしかみえない。
 ランヌ少佐には人間の心などは理解しがたいが、ただ、どことなく哀れに思えた。

『それは、我らの領分ではない。我らの管轄は、戦争だ』
「はっ。失言でした」
『もう一人の民間人はどうだ?』
「女王よりはマシ、というか、平然としています」
『――みたいね。こっちでも映像を確認した。さすがTLPT特異体は適応力が違うわね』
「そういうものでしょうか」

 ランヌ少佐から見れば、二人ともただのティーンエイジャーだ。
 ただ、なんとなく民間人の娘のほうからはただならぬ気配、というか、何か一線を越えてしまった様子を感じる。
 あまり論理的ではないが、立ち居振る舞いが平均人とは少し違うように思われるのだ。

『さ、撤収するわよ。市街のクソ虫どもはMIR(機動歩兵連隊)の連中がやってくれたわ』
「了解。事後は?」
『そこらは自治警察の仕事よ。自治政府軍はすごすごと帰るわ』
「では、遺体については保存措置を施し、現場に引き継ぎ員を置きます」
『任せた。あたしはいまさら機能を取り戻し始めた緊急大臣会議に出て、すべての映像資料を提出するわ』
「大変ですな。政治のお時間ですか」
『政軍関係は厄介よね。じゃ』

 キァハ准将から各種こまごまとした事後処置の命令パッケージがランヌ少佐の量子脳に飛んできた。
 こりゃ、雑用だらけだな、と苦笑しようと思ったが、彼のフェイスには顔などなかった。



 ヒマワリ・ヒナタとパステル・エインは、ようやく機能を取り戻した自治警察に業務を引き継いで帰路についていた。
 二人の足取りは重く、戦傷気分に浸っている様子はまったくなかった。
 今回は、ARKSが何一つ活躍できていないし、この船団におけるARKSの立場がいかに戦力上不安要素大であるかるかを認識させられた。

「魔女っ娘、こいつはマズイぜ。アタシらはまったく役に立ってない」
「同感。対策が必要」
「研修生の速成教育プログラムを実行して、可動戦力を増やしたほうがいいんじゃねぇか?」
「インスタント訓練で? ARKSになってもすぐに殺される」
「……まぁ、そうかもしれねぇけどよ」

 魔女っ娘――パステルは何を考えているか相変わらず普通の人々からみてわからない。
 しかし、ヒマワリには、その微動だにしない、思い出したかのように瞬きするだけの白すぎる魔法少女の顔から感情を読み取っていた。
 テンパってるな、こいつ。とヒマワリは心配になる。
 もともと研修生時代だって、パステルは一人孤立して、誰ともまともに友だちになれなかった。
 そんなヤツをペーパームーンにおけるARKS研修所所長に据えてしまうというのは、あきらかにパステルの『成績』『経歴』を見ただけの結論だろう。
 さすがにARKS上層部も、付教官の特記事項あたりにも目を通したから、補佐役として頭と口の悪いヒマワリをひっつけた、といったところだろう。
 ついでに言えば、いろいろ余計なことに首を突っ込んだ二人を、メインのARKS街道から外すとう思惑も当然あるが。

「ヒマワリ、一度部屋にもどって、シャワーをあびたい」
「あ? ああ。構わねぇけど」
「それから、考える」
「どうしたんだ、急に?」
「……」

 パステルは黙り込んだ。
 その様子はますますヒマワリにとって、頼れる友人がだんだんとマズイ状態に至ったことを感じさせた。

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全ては未来の向こうへ行くため05



 戦術情報に表示される赤点、すなわち敵が消えていくのをキァハ准将は楽しんでいた。
 そして、それを消しているのがもっぱら自分である点にも満足していた。
 ずいぶんと久しぶりに展開したSUVウェポンの調子は実に良好だった。
 
「しびれるわね、この火力」と、キァハ准将は身の丈にそぐわない巨大なガトリング砲をもてあそぶ。

 彼女がしびれる快感の犠牲になったのが、巨大な盾と圧倒する頑丈さで悪名とどろかす巨人ガウォンダの群れだった。
 久しぶりに用いた火器管制システムとの同期も良好。
 彼女の思考速度にダイレクトに反応する照準システムによって、ダーカーたちは弾丸に砕かれていく。
 そして、さらに別のタグを敵に付けていく。
 これは間接照準射撃タグであり、タグ付された対象は、後方に控えるニック大尉のSUVマルチプルミサイルによって殲滅される。
 数秒ののち、ミサイルの精密な嵐かタグ付されて敵を滅ぼしていった。

「……やりすぎたかしら?」

 宇宙港界隈にひしめいていたダーカーの群れは、ものの数分で蹴散らされた。
 ラグオル戦役の際に、決戦兵器――たった1機で万の敵に対抗するという、とんでもない設計思想の下に作られているのだから、仕方ない。
 そして、そもそも生還は予定されておらず、駆逐した敵の死体の中で朽ちるべき存在でもあった。
 だが、彼女は人と同じように狡猾になり、生き残ることの喜びを機械ながらも理解できるようになった。
 ゆえに、彼女は無敵であった。

「さて、仕事は片付いたわね」

 そういって、停めてあったサイドカー付バイクの下に戻ろうとしたが、彼女の体は思い通りには動かなかった。
 結論を言えば、彼女の戦闘能力にボディが追従できなかったのだ。
 間接制御系はエラーを連発し、駆動音には異音が混じっている。

「ちっ。役立たずの体だわ」
『どうする? 後退する?』と、ニック大尉から通信が入る。
「ま、通常戦なら使えるでしょ。このまま王宮に行くわ」
『了解。もうすぐバイクんところにつくから』
「さっさとしなさいよ、のろま」
『はいはい』

 彼女はニック大尉が戻るまで、サイドカーに座って待った。
 まるで、人間の女の子が、彼氏を待っているみたいに。



「ミ、ミカン、そなたなにか案はないか?!」
「えーっ! ないない、ぜんぜんないよっ!」
「ああ……余の人生は短いものであった」

 女の子二人が身を寄せ合って、ベッドの下に隠れていた。
 ココもミカンも、扉をぶち破ろうとする異音に身を震わせていた。
 もう、どれほど経っただろうか。
 秘書官の悲鳴と、ドアの下からしみ込んできた血を見て二人が恐怖してから2時間は経っただろうか?
 さすが女王の私室ということで、誰かが外から操作して扉の内側にある隔壁を閉鎖し、安全だけは確保されている。
 だが、ガン、ガンと連続的に隔壁をぶち破ろうと、ダーカーが何かしらの物理的圧力を強めるのをただ聞いているしかできない時間は、ほとほとに恐ろしいものであった。
 外の様子などわからない。全窓は封鎖済みだからだ。
 いわば、反撃の方法を持たない籠城であった。

「あの者たちは……死んでしまったのであろうか」

 ココ女王がふるえながら、ミカンに抱き着いた。

「……秘書官の方々ですか?」
「この王宮に使える者たちじゃ。料理人、女中、秘書官。どれも先代から仕えておった忠義者じゃ」

 その忠義者たちを助けようともせず、こんなところで隠れている自分を、ココは嫌悪した。

「たぶん、隔壁も誰かが閉じてくださったんでしょうね」と、ミカンはココを抱きしめながら答える。
「こんな情けない余のために、なんと勇敢なことか……」
「それがオシゴトなんですよ。姫様」

 おびえる年下の女の子を慰めながら、ミカンはこれからどうしたものかと思案を巡らせていた。
 脱出しようにも、秘密の通路などないらしい。
 活路を切り開こうにも、ミカンの武器は例の博士をこらしめるために持っているスタン・スティックぐらいだ。
 電流をびりびりと流して、相手を痛めつける何とも原始的な警棒。
 こんなものでダーカーを倒せるはずがないことは百も承知であった。
 とりあえず、センパイとして慕っているARKSの二人に連絡を取ろうとしたが、交戦中の通信規制で一般回線からではつながらなかった。
 たぶん、ヒマワリせんぱいも、パステルさんもダーカーと戦ってるんだろう。
 それも、あの二人のオシゴトなんだから仕方ない。

「余は、死ぬのであろうか?」

 なんと情けない女王だろうか、ともココ自身思うが、そういう弱気な考えしか出来なかった。

「……死んだって、いいじゃないですか」

 ミカンがココを抱きしめながら言った。
 女王であるココは相変わらず震えていたが、女子高生に過ぎないミカンはもう震えていなかった。
 
「死んでも、いいじゃと?」
「はい。どうせ大人になれば、心が死ぬんです。なら、今死んだほうが、生き生きと死ねるんじゃないですか?」
「な、なにをそなたが申しておるのかつかめぬが」
「姫様は、この先に何を期待しておられるのですか?」

 あまりにもわけのわからぬ問いに、ココはミカンがおかしくなったのではないかと疑義を抱いた。
 だが、あくまでミカンの様子はいつも通りであった。

「私、思うんです。大したことない人生になるだろうなって」
「ほ、ほぅ」
「ORACLEなんかに飛ばされたって、なんとか食べていけますし」
「ふ、ふむ」
「ちょっと恋なんかして、ふわっとデートしたりして、最後はキスするんです」
「な、なるほど」
「それって、つまらないですよね」

 つまらないものなのか? とココには理解できなかった。
 この平民の娘が一体何を考えているのかまったくつかめないのだ。

「知ってます? 民主主義って多数派の思想が正当化される制度なんです」
「え?」
「だから、私は民主主義が嫌いです。多数派にいれば正当化されるなんて、私には納得がいきません」
「それと、さっきの話にどういうつながりが……」
「恋して、デートして、キスするなんて多数派の考える幸せです。私はそんなの、欲しくないけど、私がいた世界ではそれが正しいってなってました」
「???」
「だから、私、決めました。姫様とキスします」
「へっ……?」

 ココが何か言おうとしたが、その幼い唇を、思春期の唇によってふさがれた。
 それはいうまでもなく、ココにとって初めての経験だった。
 よくわからないが、今までのふるえとは違う震えが背中を走った。
 なんとかミカンを引き離そうとするが、それはココの力では無理な話であった。
 次第に諦めて、ココは固く力を込めていた唇を緩めた。
 そこに、暖かなミカンの舌先が入ってきた。 
 開いてはいけない門をこじ開けるように、強引に、それでいて繊細に。

「……しちゃいましたね、キス」
「――」と、ココは口をパクパクさせるくらいしかできない。
「私、いけないコになろうと思うんです。ここを生きて出られたら、好きなようにします」
「……それと、余に口づけすることに因果はあるのか?」
「ありますよ。姫様。あなたは、私が犯すんです」

 その言葉の意味は、ココには理解できなかった。
 なにか罪深いことでも為そうというのか? 程度である。
 所詮は箱入りで育てられた存在であるし、平民文化のたしなみはあまりない。

「ですから、姫様も一緒にいかがです?」
「な……なにがじゃ?」
「私と一緒に、好きなように生きませんか?」

 それは、ココにとって望外の言葉であった。
 血筋ゆえに、女王になるべく育てられ、来るべき戴冠式をもって王国の依代とならん、という人生。
 それを、辞めさせてやろうと平民の小娘が言っているのだ。
 暗い、ベッドの下で、古き血が流れる娘によって、数百万年の未来の女王であることから連れ出してもらえると。
 その言葉ははちみつよりもずっとあまい響きをもっていたし、ココとってそれは希望の歌であった。

「……すぐには、決められぬ」
「どうしてですか? もうすぐ死んじゃうかもしれないのに?」

 ドン、ドン、と力強い音が隔壁を殴りつけている。
 いつ破られてもおかしくないだろう。

「処女のまま死ぬかもしれないこの時に、姫様は、迷う女の子なんですか」
「処女?」
「したことがない、ってことです。私、まだなんです」

 なにをしたことがないのか、ココには見当もつかない。
 しかし、ミカンの物言いは罪深さ以上に慎み深さを越えたなにかが含まれている気がした。

「一緒に行きましょうよ、姫様」
「国は、どうするのじゃ?」
「そんなの、捨てちゃえばいいんです。いらないんでしょ?」

 いらないのかもしれぬ、とココは思った。
 今までは女王であると言い聞かせてきたが、ミカンの誘いにはとめどなく歓喜の叫びが体内から湧いてくる。
 むしろ、熱いのだ。
 腹の下あたりが、とても熱く、爛れていく感じがする。

「……連れて行って、くれるのか? そなたは」
「もちろん。一緒に、悪いコになろう」

 ミカンは、ギュッとココを抱きしめた。



 SPEC=B第2、第三分遣隊が戦術機動で王宮周囲のダーカーに打撃を与え、抵抗線を形成していた。
 アサルトライフルと同口径の弾薬をばら撒き、火力をもって敵を制圧する軽機関銃をもったキャスト兵たちが、群れるダーカーをバラしていく。
 軽量な軍用アサルトライフルを抱えたキャスト兵たちは、4人一組で相互に援護しあいながら、暫時前進。
 必要があれば、対象をタグ付して、後方に控える誘導迫撃砲部隊からの火力支援を乞う。
 しばらくすると、圧縮されたフォトンエネルギー弾が放物線を描き、対象の頭上に直撃する。
 そして、対象は消滅する。それが軍隊の戦い方だ。

 事前計画通り、SPEC=B第2、第3分遣隊は敵をおおむね排除することに成功した。
 しかし、王宮内部への突入はしなかった。
 准将の読みでは、今次のダーカーの襲撃は『人間を理解している』ものであるからだ。
 となれば、安易に王宮内に突入すれば、別のダーカーたちによって再度王宮を包囲される危険性がある。
 良くも悪くも、賢いダーカーの運用がなされている以上、対抗防御を考える必要があった。
 だからこそ第2、第3分遣隊は輸送機の投下するコンテナから銃座を運びだし、要所に火力陣地を形成した。
 王宮内部への突入は、SPEC=B第1分遣隊が王宮備え付けの屋上ポートから降下・突入する手はずになっている。
 
 見事に形成された火力陣地を見回るように、サイドカー付バイクが進む。
 兵士たちはそこに自分たちの司令官が乗っているにも関わらず、敬礼などしない。
 理由は単純。戦闘状況下での敬礼など無駄だから不要としているに過ぎない。

「――まだ、第1分遣隊はこないのかしら?」

 キァハ准将が自分の左腕を引きちぎりながら言った。
 ちっ、ポンコツの腕め、と罵声を発しながら、座席の下に放り込んだ。
 裂けた人工筋肉から真っ白なタンパク液が漏れだしているので、メディカルキットから取り出した包帯で縛っておく。

「キァハ、左腕がないとバランスが悪くなるよ?」
「修正パッチは当てた。戦闘プログラムに問題は生じないわ」
「けど、ポーニャ少佐が怒るんじゃないかな?」

 ニック大尉が懸念しているのは、キァハのボディパーツは貴重な新型であり、コストがかかっている点にである。
 それを調達するために補給兵站幹部がどれほど苦労したか、とつとつとグチをきかされるのはいつもニック大尉の仕事になる。

「補給兵站幹部の仕事を用意してあげるあたしって、なんていい上司なのかしら」
「……いまでも手一杯の仕事もってるとおもうけどね」

 そんなくだらない会話をしている二人の上空を、SPEC=B第1分遣隊の輸送機が飛んで行った。
 無駄のない機動で輸送機が王宮の屋上ポート上空に静止し、そこから降下用ロープが降ろされた。
 しばらくはロープがゆれるばかりであった。
 ロープを揺らすのにあきたのか、輸送機はふわりと再上昇する。
 メタマテリアル迷彩によって透明化されたキャスト兵たちの姿が映ることはついぞなかった。

「ランヌの部隊が降りたみたいね。よし、そろそろ敵の逆撃も考えられる。警戒を厳にせよ」

 キァハ准将は配下の全兵員の思考と同期して、個別の命令ファイルを手配した。
 キャスト兵が軍事組織として優秀な最大の点は、全員が高速で思考し、高速で同調・並列化できる点にある。
 そして、指揮官の処理能力が高ければ、すべての兵の状況を把握することができる。
 つまり、組織戦をするにおいて指揮・命令・伝達・報告の手順が恐ろしく効率的なのだ。

『こちら、ランヌ。第1分遣隊準備よし』とキァハの電子頭脳に通信が入る。
「よし。突入せよ」
『了解』

 王宮の屋上ポート――数多くの高層ビル建築の集合体の一角の屋上から、ぞくぞくと透明な兵士たちが侵入していく。
 キァハ准将は第1分遣隊員らの視野と同調し、内部の状況を掌握する。
 そこは、瀟洒な王宮の廊下というにはあまりにも、血塗られ過ぎていた。

テーマ : PHANTASY STAR ONLINE2
ジャンル : オンラインゲーム

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Author:YABUSAME
PSO2をプレイして、結構たちましたねぇ。
SEGAさんの公式サポーターになって随分たちました。

さて、ここにはテキストコンテンツしかありません。
華やかな画像やSS、イラストとは無縁ですのでご了承ください。
ななめ読みとかして楽しんで頂ければと思います。





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