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全ては未来の向こうへ行くため06



 死が、満ちていた。
 人が死ぬということは、それが一つの遺伝子の終わりであるという以上に切実なものを伝える。
 特に、有機生命体の死はキァハ准将にとって受け入れがたい感情を想起させる。
 憐れみと、同情。
 プリインストールされていないはずの感情が、彼女の電子脳をかき乱すのだ。
 死に際に、家族を想起したのであろうか。
 明日の予定はあったのだろうか?
 未来を失う失意を、感じたのであろうか。

『――准将、命令を』

 床、天井、壁と四方を埋め尽くす昆虫の姿をした怪異どもをどう始末するか、第1分遣隊を指揮するランヌ少佐が問う。
 だが、キァハ准将は自らが同調している突入部隊の視野に含まれる、人々の死を凝視するばかりであった。
 ――また、あたしは守れなかった。
 彼女はすでに苦痛を感じることもないであろう、死者たちの顔から、まだイタイ、クルシイと声を読み取った。
 女中だろうか、客室にでも運ぼうとしていた紅茶は届けられずじまい。背中からダガンの鋭い脚によって貫かれて死んでいた。
 警備員だったのだろう。ひときわ凄惨に『解体』された死体は、最後まで拳銃を握りしめていた。
 

『司令?』
「撃滅しろ」

 指示とは言えない命令であったが、ランヌ少佐の胸中に歓喜のファンファーレが響く。

『了解。撃滅いたします』
「そうだ。撃滅だ」

 第1分遣隊は、撃滅行動を開始した。
 さて、軍隊における火力発揮とは統制された暴力の集中である。
 集中された暴力は、統制された破壊という結果を惹起する。
 この点、ランヌ少佐率いる第1分遣隊はみごとにこの因果の流れを生起させた。
 ダーカーは数をもって抵抗しようと、波のように退いては押し寄せてくる。
 しかし、見事な管制射撃によりアサルトライフルから発射される弾丸が途切れることはなく、また軽機関銃の火線は途絶えない。
 ブルドーザが瓦礫を押しのけるように、第1分遣隊は黒々とした悪意の群れを潰していく。

『――生存者、確認できず』
「知っている。当機は貴官の視野と同期している」

 まただ。為政者の愚かしさのツケを、為政者の代わりに市民に支払わせるとなってしまったと、キァハ准将は排熱システムが勝手に発動するくらいに思いつめた。
 この目を閉じることが出来ればどれほど都合がいいだろうか。
 払われた犠牲に目をやることもなく、ただひたすらに目の前にはない楽観的未来を見ていることを許されているならば、幸せはすぐそこにあるだろう。
 だが、キァハ准将は、人類を守る使命を与えられたキャストなのだ。
 彼女の立ち姿はすべての命の盾であり、彼女の影は守りきれなかった者たちの悲鳴なのだ。
 暗き絶望に沈みゆく人々に希望を与える光となるために、彼女の黄金に塗り上げられた人工頭髪があるのだ。

『セキュリティ装置を現認。いい仕事をしたものです』

 同調していたキァハの視野に、隔壁制御用のレバーを握りしめたメイドの姿が映っていた。
 だが、レバーを握る腕と、その体との距離は1メートル。
 そして、体と頭部の距離は3メートルだった。

「見事だ。定めある命を、力強く使い切っている」

 キァハ准将は、このような死を何度も見てきた。
 ただでさえ有機生命体というのは命が限られているのに、その命を見事に燃やし尽くそうとする者たちが、数多くいる。
 あらゆる戦場で、彼女はそのような有機生命体を見てきたし、なぜそのような行動をとれるのか論理と科学の力では説明できなかった。
 だから、彼女はそのような命の在り方を、端的に『見事だ』と評することにしている。
 それ以上に、何をいうべきかいまだにわからないから。

『同感です。女王陛下の居室周辺を確保次第、開放します』
「どれほどの命によって生かされているか、あの女王が理解すればいいのだが」
『司令、口調が……その』
「あ、ごめん。ついマジになっちゃったわ。人の心など無視しなきゃね。そうじゃないと、あたしたちは戦争が上手にできない」
『はい。有機生命体の内心への同調は、任務遂行の際に不要かと』
「鋼鉄の心と、泣かない瞳を与えられた理由を思い出せ、ね」
『……私も、人の死をみると冷静ではいられません。やはり、創造主の死は思いのほか堪えます』
「あら、素直ね」
『何百年も戦っていれば、機械にも心の一つくらい芽生えますよ』

 そういって、ランヌ少佐は自らの掌の温度を高温化し、ちぎれてなお隔壁レバーを離さないメイドの手をほどいていく。
 死後硬直で固くなった指を、己の手で包みこみながら一つ一つ丁寧に解きほぐす作業は、死者に対する敬意に満ちていた。

『――司令。人同士が争わなくなっても、我々はまだ、必要とされているんですね』

 解きほぐした手を見つめながら、ランヌ少佐はそうつぶやいた。



 隔壁を叩く音が小さくなり、代わりに銃声が聞こえたとき、ココたちは安堵に包まれた。

「余は、助かるのか」
「みたいですね。うれしいですか?」
「……」

 嬉しくないといえば、ウソになるとココ女王は思う。
 やった! 助かった! と大騒ぎしてやりたい気持ちもどこかにある。
 だが、それは漠然としたなにかによって押しとどめられていた。
 彼女自身にはそれがなにかはわからなかった。

「……!」

 ココ女王は、むしろ先ほどよりも膝の震えがひどくなっていることに気付いた。
 女王として、見なければならない現実が近づいていると心が先に悟っているのだ。
 まだ頭では認めたくなかったが、自分がろくでもない指導者であり、役立たずであることを見せつけられる瞬間が近づいていることを、心はすでに敏感に感じ取っていた。

「姫様?」
「いやじゃ……余は、助かるべきでない……」
「――いまさら気づいたんですか。姫様もお気楽ですね」

 ミカンの声はからかいが含まれていた。
 しかし、見事に梱包されたナイフのように、その言葉のもつ危うさを覆い隠してあるだけにも聞こえた。
 心のやわらかい部分を的確に貫ける言葉を、ミカンが捜しているのかもしれないと思うと、ココはいてもたってもいられない。
 彼女の心は気づいているのだ。
 女王の側に仕えている者たちは洗練された職業人であった。だからこそ、この非常事態にも関わらず、女王は『生き残っているのだ』
 本当は、このようなプロの犠牲の上に自己が生き残ったという事実を受け入れがたいだけなのだ。
 彼女は恐れている。
 プロフェッショナルとしての女王となれない自分を生き残らせるために、優れた使用人たちが消えたことが、彼女の胸をえぐるメッセージを突きつけてくることを恐れている。
 思い出せ。人は生まれながらの女王ではない。女王になるのだ! と彼女に死者が訴えかけてくる気がするのだ。
 その言葉を無視するために、彼女は新しく自分の側にあらわれた、年の近い娘に依存できはせぬかと考え始めている。
 幼さを、隠れ蓑にしても許されそうな相手を求める彼女は、やはりいまだに女王にふさわしくなかった。

 しかし、いかに彼女が現実を拒もうと、その時は迫ってくる。



 久しぶりの『実戦演習』に意気揚々とするSPEC=Bは、女王の私室に近接していた。
 SPEC=Bは、淡々と王宮内をはびこっていた黒々とした悪意の群れを射殺、銃殺、虐殺し、駆逐した。
 そして、ダーカーどもによって砕かれた命を抱き上げて、丁寧に寝かせてやったり、毛布を掛けてやったりした
 死者の列が辱められぬよう、キャスト兵たちは死体袋を用意して、それに遺体を保管していく。
 死体を扱うことにより、キャスト兵たちは死者の流した血に染まっていく。
 その血は、なぜキャスト兵たちがこの世に生み出され、この世からいなくなれないのかを思い出させる。

『未だ、血が流されているから』

 この単純な事実を覆すために、キャストたちは戦い続けなければならないはずなのだ。
 有機生命体は寿命があり、そのせいで欲があり、はかない。
 はかないがゆえに、愛するし、愛をされたいと願う。
 そんな論理的とは言い難い創造主たちを、キャスト兵たちは嫌ってはいない。むしろ、ダメなやつらだから、我々が支えてやろうと思っている。
 だから、キャスト兵たちは己の体についた創造主たちの血から、メッセージを読み取る。

『痛い――。苦しい――。なぜ――。死にたくない――』

 そのメッセージを鋼鉄の心に刻みつけて、キャスト兵たちは手にした銃を見事に扱い、創造主たちの敵を排除する。
 すべては、明日を奪われた創造主たちのために。

 そして、SPEC=Bの面々は、女王の私室を守ろうとして死んだ人々の遺体で遊んでいたダーカーを片づけ、安全を確保した。
 もっと早く現場入りしていれば変わったであろうか、と誰もが思う。

「司令、目標周辺の安全を確保。隔壁を開放しますか?」と、ランヌ少佐が訊ねる。
『よし。目標を保護しろ』とキァハ准将から返事がかええってくる。
「了解。かかります」

 ランヌ少佐は隔壁制御レバーを引いた。
 彼のヴィジョンには、同期している部下隊員の捉えている視覚情報が映っている。
 それによると、血塗られた隔壁を解放した先には、威儀を正そうとはしているが膝が震えている女王と、民間人らしき少女が映されていた。

『大隊長、対象を保護』

 隊員に随伴していた有機生命体治療ソフトをインストールしている衛生兵が、すかさず女王と民間人の娘の健康状態を把握する。
 衛生兵は問題なし。ただし過度のストレス状況下にあり、精神面でのケアが必要、と告げた。

「司令、病院の手配を。心療内科、と言ったところでしょうか」
『わかった。いま補給兵站部が手配する』
「しかし、女王は大丈夫なのでしょうか? 正直、これはただの子どもです」

 ランヌ少佐は、衛生兵に毛布を掛けられている幼き女王の姿を見て、危惧をもった。
 こんな子どもに、この国は……いや、この都市船はすべての責任を預けようとしているのか? と。
 か細い肩に重責を負わせていると思うと、女王のふらついた膝は重責に耐えかねているかのようにしかみえない。
 ランヌ少佐には人間の心などは理解しがたいが、ただ、どことなく哀れに思えた。

『それは、我らの領分ではない。我らの管轄は、戦争だ』
「はっ。失言でした」
『もう一人の民間人はどうだ?』
「女王よりはマシ、というか、平然としています」
『――みたいね。こっちでも映像を確認した。さすがTLPT特異体は適応力が違うわね』
「そういうものでしょうか」

 ランヌ少佐から見れば、二人ともただのティーンエイジャーだ。
 ただ、なんとなく民間人の娘のほうからはただならぬ気配、というか、何か一線を越えてしまった様子を感じる。
 あまり論理的ではないが、立ち居振る舞いが平均人とは少し違うように思われるのだ。

『さ、撤収するわよ。市街のクソ虫どもはMIR(機動歩兵連隊)の連中がやってくれたわ』
「了解。事後は?」
『そこらは自治警察の仕事よ。自治政府軍はすごすごと帰るわ』
「では、遺体については保存措置を施し、現場に引き継ぎ員を置きます」
『任せた。あたしはいまさら機能を取り戻し始めた緊急大臣会議に出て、すべての映像資料を提出するわ』
「大変ですな。政治のお時間ですか」
『政軍関係は厄介よね。じゃ』

 キァハ准将から各種こまごまとした事後処置の命令パッケージがランヌ少佐の量子脳に飛んできた。
 こりゃ、雑用だらけだな、と苦笑しようと思ったが、彼のフェイスには顔などなかった。



 ヒマワリ・ヒナタとパステル・エインは、ようやく機能を取り戻した自治警察に業務を引き継いで帰路についていた。
 二人の足取りは重く、戦傷気分に浸っている様子はまったくなかった。
 今回は、ARKSが何一つ活躍できていないし、この船団におけるARKSの立場がいかに戦力上不安要素大であるかるかを認識させられた。

「魔女っ娘、こいつはマズイぜ。アタシらはまったく役に立ってない」
「同感。対策が必要」
「研修生の速成教育プログラムを実行して、可動戦力を増やしたほうがいいんじゃねぇか?」
「インスタント訓練で? ARKSになってもすぐに殺される」
「……まぁ、そうかもしれねぇけどよ」

 魔女っ娘――パステルは何を考えているか相変わらず普通の人々からみてわからない。
 しかし、ヒマワリには、その微動だにしない、思い出したかのように瞬きするだけの白すぎる魔法少女の顔から感情を読み取っていた。
 テンパってるな、こいつ。とヒマワリは心配になる。
 もともと研修生時代だって、パステルは一人孤立して、誰ともまともに友だちになれなかった。
 そんなヤツをペーパームーンにおけるARKS研修所所長に据えてしまうというのは、あきらかにパステルの『成績』『経歴』を見ただけの結論だろう。
 さすがにARKS上層部も、付教官の特記事項あたりにも目を通したから、補佐役として頭と口の悪いヒマワリをひっつけた、といったところだろう。
 ついでに言えば、いろいろ余計なことに首を突っ込んだ二人を、メインのARKS街道から外すとう思惑も当然あるが。

「ヒマワリ、一度部屋にもどって、シャワーをあびたい」
「あ? ああ。構わねぇけど」
「それから、考える」
「どうしたんだ、急に?」
「……」

 パステルは黙り込んだ。
 その様子はますますヒマワリにとって、頼れる友人がだんだんとマズイ状態に至ったことを感じさせた。
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テーマ : PHANTASY STAR ONLINE2
ジャンル : オンラインゲーム

プロフィール

YABUSAME

Author:YABUSAME
PSO2をプレイして、結構たちましたねぇ。
SEGAさんの公式サポーターになって随分たちました。

さて、ここにはテキストコンテンツしかありません。
華やかな画像やSS、イラストとは無縁ですのでご了承ください。
ななめ読みとかして楽しんで頂ければと思います。





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