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全ては未来の向こうへ行くために08


 都市計画、というものがある。
 人が量子的存在になって、データサーバーに保存されているような世界ならば、都市などは生まれようがない。
 しかし、都市船ペーパームーンは一応、体を有する人々があれこれ楽しんだり、悩んだりしながら生活が営まれている。
 となると、人がその生活の丈に応じた施設を必要とするようになる。
 各々の住居に始まり、幹線道路、支道、上下水道、天候調整機関、ごみ処理施設から公共行政サービスの窓口施設まで。
 人の出入りが多い場所ならば大型のテレポータルを配置して、人々の移動が容易になるように手配しなければならない。
 そして、何よりも経済である。
 ペーパームーン自治王国が巨大経済船である以上、経済への配慮は不可欠である。
 工業地域、商業区、学区、住宅区などを有機的かつ効率的に組み合わせ、人とモノがスムーズに流れるように作らねばならない。
 そこでは数学的集合論が駆使され、オペレーションズリサーチ的な応用数学、はては金融工学が多用される。
 都市計画、というものは知的集約なのである。

 さて、この都市計画によって、ペーパームーンの官庁街は都市の中央に配されている。
 官庁街には、王国の象徴ともいうべき王宮(旧地球歴時代のマドリード王宮を模倣)があり、それを囲む形で近代インテリジェントビルが林立する。それぞれのインテリジェントビルには王国を導いたり、惑わしたりする様々な主要官庁が入っている。
 そして、すべてのビルの最上階には女王の執務室が置かれている。
 建前上、すべての権力が女王の掌の中にあることになっているので、形式的に設けられているのだ。
 ただし、慣習上、女王は王宮の中で政務をとるがゆえに、それらの建前的な執務室は、普段は各庁舎にやってくる社会見学の子どもなどに公開される広報センターとされていた。
 それでも、一応は執務室ということで最低限、統合司令部的な機能を果たせなくはない程度の施設が、表には見えない壁の裏側に隠されている。
 スイッチ一つで壁が床下に沈み込み、本来の統合司令機能を露出させるのだ。

 白き王宮が、憎むべきダーカーの手によって血に染まったことから、今は臨時的に環境省とリサイクルシステム庁の合同庁舎最上階に、ココ女王は間借りしていた。
 そして、壁一面に表示されている老若男女有機無機の面々とにらめっこ、ないし御前会議を主催していた。
 とはいえ、普段ほとんどは各級大臣及び高級行政官たちによってお膳たてが済んでおり、女王は「よきにはからえ」と言っておけばいいだけなのだが。
 しかし、今回ばかりはそういうわけにもいかない事態になっていた。

「陛下、今回の一件で市民の中に不信の種がまかれたものと考えるべきです」
 と、実務を統括する宰相がベテランの風格と余裕を見せつけながら、方針を論じる。

「すでに広告代理店のP&PサイバーエージェントLtd.に業務委託し、世論誘導を開始しています。臨時の広報予算の捻出についての是非、お願いします」
「問題はARKSの避難誘導によって市民の財産に被害が出たことです。この点について賠償をするか否か、決済が必要です」
「航海運営庁より要請の儀があります。船外に緊急展開した自治政府軍と、ダーカーとの交戦で船体が損傷しました。臨時の補修予算の支出と人員の手配についてご検討を」
「陛下、――につきましても……」

 と、延々と高々14歳のわがままな小娘に決済を求める事項が上奏され続ける。
 ココ女王の執務席に置かれている端末には、大量の『未決済』ファイルが蓄積され、うち『至急』だけでも数千件ある。
 歴代の王がどれほどの執務を行ったか、ココは知らないが、少なくともこれほど忙しくはなかったのではないか、とも思えてくる。

「――宰相、そなたに委任はできぬのか?」

 ココは今まですべてを任せてきた老人に尋ねた。

「陛下、恐れながら申し上げます。今回の件、臣ごときが一切を任されるにはあまりに大事。陛下の聖断を以て、民の未来を示していただかねば」

 そう言われても、とココはうつむく。
 今の今まで、ココ女王はほとんど実務から切り離されていたし、形式的な儀礼さえやっていれば、国民は勝手にココを女王ないし一ノ姫として敬意を表してくれた。
 いわば、精神的な依り代として、のほほんと生きていればよかった。

「そなたらが必要であると申すならば、すべて必要なのであろう。すべて許可する、というわけにはいかぬか?」

 正直、ココ女王は疲れていた。王宮から助け出され、己の傍仕えたちの死を見せつけられたのだ。
 お前のせいだ、と言わんばかりの死者の存在に、ココは心の目と耳をふさぎ、言い訳を作り上げて、対処した。
 結局、ダーカーが悪いのだ。余が悪いのではない、という安直な子どもの言い訳で自分をごまかして、毎日をしのいでいる。
 だが、そろそろ心がきりきりと妙な音を立て始めている。
 しかし、誰一人としてココに休むことを許すものはいない。特に、王国軍(自治王国軍や自治政府軍とも。法令上は呼称が混在している)からの突き上げがひどくココを苛んでいる。
 他の大臣や高級行政官たちはココ女王を今までお飾りにして育ててきたという自覚があるから、ある程度、彼女を補佐しようと手を貸してくれている。
 しかし、自治政府軍は新参だ。ココ女王が形式的なお飾りであったかどうかなどまったく意に介さない。
 ひたすらに、高貴なるものの義務を果たすべし、と文句を言ってくる。
 他の官庁も王国軍の『モノよこせ』『金よこせ』『権限よこせ』との要請・介入・恫喝にほとほと困り果てていた。

「全て許可する、ということは、我々の予算申請はすべて認められるということで? それはありがたいわね」

 ココから見て一番左端に映っている冷血そうな女性キャストが、顔色一つ変えず、それでいてとてもうれしそうな声色で言った。
 画面下には、でかでかと王国軍総司令官キァハ=キルルの名が表示されている。
 形式的にはココの命の恩人、ということになるが、ココがわざわざ謝意を述べてやったにもかかわらず『……生きてても有害ね』などとほざいた許しがたい臣下である。

「陛下、恐れながら申し上げます。すべての申請を裁可されますと、我が国は229年分の国債を発行することになります」

 財務省主計局から御前会議に出席している男性キャストが、わざわざココにわかりやすく円グラフやら棒グラフを作って、視覚的に教えてくれた。
 青が歳入で、赤が支出。黄色が国債。
 すべて裁可の場合、画面は真っ赤であり、ひどいカレーのシミみたいに黄色が支配的に広がっていく。

「ひどい債務超過じゃな」
「ですから、陛下の御聖断が求められているのでございます。何を優先し、何を切り捨てるのか。それを決断していただきたいのです」

 宰相が申し訳なさそうに言った。

「今、決めねばならんのか……?」
「今すぐ、というわけではございませんが、できる限り早急に、というのが臣らの総意でございます」

 猶予はないのか、とココは降ってわいた重責に慣れる時間が与えられないことを理解した。
 もともと、それなりにココは聡明な少女ではある。ただ、元来の性格がワガママであるし、それが育ちによって助長された。
 彼女についていた家庭教師たちも、彼女に『帝王学』を授けるよりもむしろ『象徴としての女王』をこなせるようにとカリキュラムを組んでいた。
 しかし、そういう象徴的女王になって日々をこなす『予定』は先日、失われてしまったのだ。

「……今さら、余にすべて決めよというのは、あまりにも虫が良すぎるとはおもわぬか?」

 ココが画面に向かって文句を言うと、臣下たちはみな視線をそらした。
 キァハ指令だけが、何を考えているかわからない冷たい無表情のまま、じっとココを見ている。

「王国軍総司令官! そなた、なにか言いたいことでもあるのか?」

 ココはいらついた口調で問いただした。

「別に。さっさと決めてくれないかしら、って考えてたのよ。陛下の決断が遅れりゃ、その分だけすべてが後手に回るわ」
「?」
「バカなコ。敵はこっちの都合みて攻めてくるわけじゃないってことよ」
「バカとはなんじゃっ!」
「あら、失言だったわね。ごめんあそばせ」

 謝るつもりなどついぞ感じられないキァハ司令に、ココは気勢をそがれる。
 この者は苦手じゃ、と胸中で愚痴る。

「――本日の御前会議はこれにて終了する。余はいまから思案に入る」

 ココはやらなくてはいけないことが山積みなのに、先延ばしする選択をしてしまった。

「ははっ。仰せのままに」と臣下も追従する。
 そんな御前会議の様子を、キァハ司令はその現実しか見えない機械の眼差しで、冷ややかにとらえていた。



 P&PサイバーエージェントLtd.は、ペーパームーン以外の都市船にも多数の支社を有し、広告市場において25.3パーセントを占める巨大企業である。
 高々4分の1で巨大企業と評価するのには理由がある。
 まずは法的観点。
 ORACLE船団共通の経済条約であるORACLE健全競争促進条約によれば、26.6パーセント以上の市場シェアを獲得することは寡占企業と判断され、公正取引委員会の介入対象となる。
 この寡占企業要件に当てはまらぬよう、巧妙に市場を支配しているP&PサイバーエージェントLtd.は、法的には限界ギリギリを行く寡占企業候補である。
 そして、実質的観点。
 広告代理店市場において4分の1を支配するということは、実質的にはエンドユーザー、すなわち広告を受ける側の情報の4分の1をコントロールしているということになる。
 市民が日々接する広告情報の4分の1を制御する立場にあるということは、その購買意欲、商品の認知度の面においてとんでもない影響力を発揮しているというべきである。
 そして、P&PサイバーエージェントLtd.は、その市場シェアを生かして各船団政府すらも顧客として抱え込んでいる。
 船団政府相手の広告パッケージは、一般企業向けとは異なり、まさにその市場シェアを利用した世論誘導――P&PサイバーエージェントLtd.の商品名では『政策広報企画』である。
 
 そんなP&PサイバーエージェントLtd.からペーパームーン王国に派遣されてきたシニア・マネジメント・コンサルタントは、ペーパームーン官庁街にあるバリスターズ・カフェで微笑を浮かべながら店内のディスプレイ映像を見ていた。
 手元にあるカプチーノは、半分ほど飲まれたまますっかり冷めてしまっている。
 だが、冷めたカプチーノなどはどうでもいいくらいに、その眼差しには熱量があった。
 その熱量のある瞳、そしてスマートな頭脳、クールなマスクにハスキーなヴォイス。派手ではないが洗練されたスーツをまとい、センスのいいネクタイを優雅に結んだその男に説得されれば、どんな広告企画だって通ってしまうだろう。
 だが、彼の仕事は広告を作り、人々に情報を提供する仲介をして金を儲けることではない。
 よく観察してみると、男のはいている革靴の底は、ARKSなどでも正式採用されている摩擦制御式と同じものがあてがわれている。
 ニューマン男性特有の繊細な指先についても、隠しきれていない治療整形跡がうっすらと残っている。その跡が残っているのは、おおむね素手で刃物と対峙した場合に傷つく部位ばかりだ。
 そして、かすかにスーツの内側、脇腹のあたりに物騒なものがしまわれている。引き金を絞ると、フォトンの弾丸が飛び出すおなじみのアレである。
 熱量のある眼差しは、一方で冷静に店内を自然に観察し、人の流れ、座った位置、話している態度などを掌握している。
 見る人が見れば、そいつがただの広告屋の営業マンではないことくらい一発でわかる。
 
 そんな彼の席に、黒い服を着た、うすら暗いカラスの羽よりも黒い髪が目立つニューマンの少女が、アイスコーヒー片手に相席してきた。
 デート、というには少々華やかさがたりないし、双方にあってしかるべき信頼感や恥じらい、ないし浮ついた空気が感じられない。
 一方で、デートなどの数百倍を超える緊張感が漂っていた。冷めたカプチーノが凍ってしまってもおかしくないくらいに。

「アジャン、わたしに用ってなに?」

 黒髪のニューマン少女――パステルが、先に口を開いた。
 今日の彼女の唇は、戦闘用の実用一辺倒のリップクリームが塗られているだけ。
 つまり、デートでないことは確定済みということである。

「人違いですよ。私はP&PサイバーエージェントLtd.のヴィンセント・イェリネクと申します」

 スーツの男は微笑みながら答えた。その口調は優しく、そして甘い。

「声を変えたってわかる。あなたはアジャン」

 パステルも引き下がらない。
 彼女はコンタクトレンズ型電算ヴィジョンを使って、ORACLEアーカイブのサブフレームにアクセス。戸籍情報を洗い出した。
 ヴィンセント・イェリネクという市民登録を見つけ出した。彼女はその情報が『いつ作られたのか』を確認するために、ソースを閲覧する。
 するとどうだろう。パステルが有するセキュリティ・クリアランスをもってしてもアクセスがデナイされたばかりか、逆に検索しているこちらをタグ付けし、情報ルート解析をしかけられた。
 彼女は日頃想定している仮想プロキシとダミーアクセスシグナルを配置して、アクセスを遮断した。
 そのために、彼女の目が一瞬だけ痙攣した。

「おや、コンタクトの調子がお悪いのですか? 当社の顧客にいい会社がありますから、無料で手配いたしましょうか」

 さも気遣いのように告げるヴィンセント・イェリネクに対してパステルはうんざりする。

「わかってるくせに」
「女性をからかうのって、嫌いじゃないんですよ」
「アジャンは、同性愛者」
「その、アジャンという方は本当に存在していたのでしょうか? 愛は、本当にあるのかと同じくらい気になるところですね」

 パステルの検索に、アジャン・プロヴォカトゥールという男の市民登録はヒットしなかった。
 以前はそこの部分にあったはずの紐付きデータが、きれいに抹消されていた。それどころか、アクセスしたパステルに対してメッセージまで置いてあった。
 『深淵を覗くとき、深淵もまたお前を見ているのだ』と。

「わかった。仮にあなたをヴィンセント・イェリネクだとする」
「聡明な女性は、好きですね」
「わたしは賢すぎる男はきらい。平気でウソをつくから」
「私はウソをつく女性も好きですね。ばれてないと思っているのが可愛くて」
「……」
「ヒマワリさんが店内にいるみたいですね。うちの『検索員』が背後をとりました」
「彼女はここにいない」
「いますよ。ほら、そこに」

 ヴィンセント・イェリネクなる男は、レジカウンターで『いらっしゃいませーっ!』と笑顔を振りまいている女性を指差した。
 人形みたいな無表情を顔に張り付けて生きてきたパステルの、うつむき加減の視線が揺れた。
 
「髪を下して、顔のタトゥーを化粧でごまかしていますね。でも、骨格までは変えられないし、ミニスカートからのぞく脚は、健康的な彼女のそれですよ」
「ヘンタイ。どこまで観察してるの」
「もちろん全てです。あなたの陰毛の色だって知ってますよ」
「……最低」
「結構です。最低野郎にならなければ、守れないものだってありますので。ちなみにここの店長は私の部下です」
「ますますあなたたちが信じられなくなった」
「それは残念です。またお友達が減ってさみしくなりますね」

 つまり、パステルが面会している相手は、ORACLE船団政府の法務省ないし最高法院に属する『種族問題対策』の名を関した工作機関の『名無し』である。
 いや、そもそも法務省や最高法院に種族問題対策課なる組織があったのか、今では定かではない。
 知らないうちに、公式サイトから消滅していたし、広報資料によれば、別の庶務課のようなところに統合されたとあった。
 パステルは、いよいよこの不審な男を信じるつもりがなくなっていく。
 アジャン・プロヴォカトゥールであり、あるいはヴィンセント・イェリネク。もしかしたらほかにもたくさんの名前と顔と職業があるのかもしれない。
 まるでBGMを入れ替えれば鳴らす曲を変えるミュージックコンポみたいな男だ。

「さて、用件なんですが、実に単純。ちょっとした質問と確認です。まず、この船でARKSを募集するおつもりですか?」
「答える義務はない。わたしにも守秘義務がある」
「つれないですね。コーヒーをおごらなかったからですか?」
「たとえ家をくれても、答えないと思う」
「まいったな。女性の扱いは再トレーニングが必要みたいですね」
「そう」
「……では、こうしましょう。私が今から独り言をつぶやきます。どうです?」
「好きにすればいい」

 パステルのつれない返事を受けて、ヴィンセントないしアジャンもしくは名無し男が、冷めきったカプチーノを飲み干した。

「こないだの騒動、あれ、F機関の動きです」
「――」
「私どもはF機関というのが政府系の別の工作機関だと踏んでたんですが、ちょっとおかしい」
「……」
「どうもF機関とやらは、確かに政府系の組織の態を装っていますが、その構成員がかなり不審なんですね。私どものように周到に準備された工作計画にのっとって市民情報をあれこれしたりしている様子がないんです。なんというか、単純にやっつけ仕事的に自己の存在を確定しようとしているんです。そこで、一つの仮説が思いつきました」

 そこまで話して、ヴィンセント・イェリネクは話を中断した。
 パステルは不思議におもったが、次第に目の前にいるイケメンの表情が曇りはじめた。

「……申し訳ありません。私用につき、失礼します」

 ヴィンセント・イェリネクはスマートに立ち上がり、軽くパステルに頭を下げると、足早にバリスターズ・カフェから出て行った。
 
「私用なんてないくせに」と、パステルはずずっとアイスコーヒーをすする。

 彼女のグラスの中から薫り高い黒が失われ、氷だけが残ったのを、目ざとく店員が見つけた。

「おかわり、いかがっすかーっ?」と、健康そうなおねぇさんが、彼女に声をかける。
「それ、居酒屋のノリになってる」
「あれ? そっかなー。アタシ的にはカフェってこんなイメージなんだけどさ。にしても、アジャンのヤツ、おせーな」と、あたりを見回す。
「……」
「で、さっきのイケメン、なかなかイイ男だったじゃねぇか? お前がわざわざ相席しにいっちまったのも驚いたけどよ。成長したもんだぜ、魔女っ娘もよぉ。このこのぉ」

 パステルは、じっとりとした目つきで、ヒマワリにアイスコーヒーのお替りを要求した。
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全ては未来の向こうへ行くため07



 パステルは思い悩んでいた。なぜわたしなんだろう、と。
 頭から熱いシャワーを浴びても、もやもやが残る。
 ARKSは、良くも悪くも彼女の居場所だ。それは理解している。
 ペーパームーンでARKS研修所を切り盛りする。それだけの仕事。
 けれど、それが彼女にとってつらかった。
 一番つらいのは、ヒマワリが『所長』と呼ぶこと。
 今までは、同じただのARKSとして、二人でなにも考えずにバカなことばかりしてきた。
 考えが足りないヒマワリに振り回されるように、彼女は自分一人では突っ込まないようなところまで首を突っ込んだ。
 死にかけたりもしたけど、スーパーで買い物して、二人でパスタを食べたりしてきた。
 そうやって彼女たちは、身長は違ったけれど同じ目線に立ってはいた。
 でも、今はそれが失われ始めている気がするのだ。少なからぬ調和。科学的なハーモニーが損なわれようとしている。

「もう、ヒマワリはわたしを『上司』だと思ってるのかな」

 だとすれば、辛かった。
 そばにいてくれる友だちが、すこしちがう何かになるなんて認めたくないと思う。
 砂漠の中で、渇き続ける旅人のようにパステルは『友だち』を渇望していた。
 ヒマワリは少しパステルとは釣り合わない残念な知力の持ち主だけれども、それでもパステルは救われていた。
 頭の中で世界をこねくり回すだけの、インテリ気取りの連中よりもずっと好感が持てたし、率直な態度は嫌いじゃなかった。
 でも、ARKSの上の人たちはパステルに『ヒマワリを部下としてつける』という決断をしたのだ。
 今まで通りの、ちょっとまぬけな関係をつづけることができるのだろうか?

「……でも、また一人になるだけ」

 そう考えれば、しくしくする胸の奥を少しだけやわらげることができる。
 もしかしたら、もう決めなければならないのかもしれない。
 
「ARKSとして、みんなを守らなくちゃ。たとえ、わたしが一人になっても」

 今日は無理やり街に火を放って市民を誘導するという暴挙に出た。
 ヒマワリ用にバカな言い訳をつけてみたけど、あのときのパステルは必死だった。
 ここでARKSがなにもせず、市民に犠牲者を出したなどとされれば、ペーパームーンでのARKSの発言力は低下するだろう。
 いままで様々な都市船で長年かけて積み上げてきたARKSに対する市民の信頼を保つためにも、たった二人のARKSだろうと、武器のない人たちを守りきらねばならなかった。
 たぶん、自治王国の執政府あたりから『なんてことしてくれたんだ!』という抗議と損害賠償請求がくるだろう。それは覚悟してる。
 いざとなれば、そういう時のために所長に与えられる『部外調整費』を支出するだけだ。
 慣れない議員相手の工作だってやってみせる。ヒマワリに迷惑はかけられないし、所長はパステル自身なのだから。

「おい、魔女っ娘。アタシも入るぜ」

 バスルームの半透明の制御扉から、ヒマワリの声がきこえた。

「だめ。教義によれば、同性でも一緒にはいれない」

 そんな教義はないが、今の自分をみられるわけにはいかないから、パステルはそんなつまらないウソをついた。

「バカヤロー。そんな協議はねぇだろうが。こないだだって一緒に入ったしな」

 そういえば、そうだったとパステルは思い出す。失策だった。
 ヒマワリは遠慮なく、その健康的な鍛えられたカラダをさらしながら、手拭一枚もって入ってきた。

「へへっ。お前、どーせあれだろ? 一人であれこれ考え事してたんだろ?」
「してない。わたしは冷静」
「……ふーん。ま、いいさ。背中流してやろうか?」
「背中くらい、自分で洗える」
「シャンプーが目に入るのは、怖がるくせに?」

 ヒマワリがパステルのかぶっているシャンプーハットを指差してからかう。

「うるさい。あなたはデリカシーがない」
「デリバリー?」
「……もういい」

 パステルは黙ってバスタブのほうに向かった。
 ただっ広いバスルームには、ヒマワリが何かの懸賞であてたジャポン式の大きなバスタブがついている。
 湯がとめどなく浴槽からあふれる、素敵な温泉気分仕様らしい。水の無駄遣いのように思えるが、完全循環機構搭載の優れものだ。
 パステルは湯船に白いからだを沈めた。
 あたたかく、落ち着く。湯気がからだのなかに染み入って、かたくなな何かを溶かしてくれるようだ。

「なぁ、魔女っ娘。あとでドーナツ食いにいかねぇか?」
「……太るからいい」
「ぷっ! おまえ、そんなこと気にしてたのか?」
「わたしは、ヒマワリみたいにスタイルよくない」
「そりゃ、ここ最近引きこもって本ばっか読んでるからだろ」
「仕事。所長は忙しい」

 パステルはぶくぶくと口元まで浴槽につかった。
 そんな彼女の様子をみて、何を思ったかにやにやしながらヒマワリが浴槽にもぐりこんできた。
 そして、パステルのからだにからみついてきた。

「おっ! おまえ、けっこうふわふわ系だなー!」
「なっ! ホ、ホビロン!」

 思わず、パステルはFSM教団の秘密の呪文を唱えてしまった。特に、何か効果があるわけではないが。
 パステルのまるいお尻や、おなかまわりをヒマワリが失礼にもむにむにしてきたのは、さすがに問題だった。
 それなりにパステルも気にしてはいるのだ。

「あ? ホビロン?」
「ホントに、ビックリするほど、論外」
「ふーん。地球歴時代の古語かなにかか?」
「……ヒマワリには関係ない」
「あ、このやろー。アタシを馬鹿にしてるだろ」

 ヒマワリはさらにパステルのカラダをむにむにしていく。

「や、やめ、あんっ」
「ははーん! 御嬢さん、ここが弱いんですな、わかります。わかりますぞっ!」
「このバカ、ヘンタイ!」

 パステルは思わず、手をかざして軽く詠唱をしてしまった。
 その詠唱は軽度のゾンデ――すなわち電流をあれこれするシビレる一撃だった。
 当然のことながら、同じ浴槽につかっている二人は、ともに感電した。
 ふわふわ系の魔女っ娘と、健康美なヒマワリが惜しげなく裸体を浴槽に浮かべてノびてしまったのは、仕方のないことであった。



 夜中のドーナツショップで、ヒマワリとパステルはアイスコーヒーを飲みながらダラダラしていた。
 風呂場で溺死しかけた二人は、消耗したエネルギーを補給するためにドーナツを食べることに合意したのだ。

「なぜ、ドーナツの真ん中が開いてるか知ってる?」
「さぁな。暇なレンジャーが撃ちぬいたんだろ」
「フライングスパゲッティ―モンスター様の供物として捧げられたから」
「それ、お前の信仰上の話か?」
「ぜんぜん。ただの冗談」
「おい」

 二人はくだらない話をしながら、ドーナツをもぐもぐと食べた。
 店内に客はまばらだった。水商売でもやってるんだろうニューマンの娘とヒューマンの女が、男の悪口を言いながらカフェを飲んでいるくらいだ。
 とりあえず、無駄話にあきたパステルとヒマワリは、店内に設置されている大型のディスプレイを観た。
 そこでは、今日の――厳密にいうと昨日の夕方の惨事についての緊急特番がひっきりなしに流れていた。

『――市民の犠牲者は幸いなことにゼロと、自治警察の初動活動が見事に行われたことに市民は安堵の声を上げています』

 そして映像には、『王国警察』のエンブレムをでかでかとつけた戦闘装具一式を着用する警官隊がダーカーを駆逐していた。
 ヒマワリとパステルが暴れていた地域についても、火災の事実は伏せられ、警察がいかに活躍したかという映像が流れ続けていた。

「おいおい……」とヒマワリが苦笑する。
「情報統制って素敵」

 パステルはずずっとアイスコーヒーの残りをストローで吸い上げて、お代わりを店員のオネェさんに頼んだ。
 店員のオネェさんがかしこまりーと、お代わりを注いで彼女たちの席から離れていった。
 それを確認してから、ヒマワリが口を開いた。

「今回は正規軍があきらかに活躍してただろ」
「正規軍じゃない。自治政府軍。いや、もっと正しく言えば自治王国軍」
「どっちでもいい。とにかく、なんでこうなるんだ?」
「キァハ准将が駆け引きに出てるってこと」
「まーた陰謀屋のわるいオイルがたぎったわけだな」
「それとは違うと思う。この船は、明らかに防衛というものへの認識が甘い」
「ってこたぁ、あれか。予算でも分捕るつもりかな」
「そうかも」

 だが、実はパステルは情報統制されたニュース映像を観ていて、一つの流れに気付いていた。
 女王への責任が及ばない様に、巧妙に情報が編集され、あくまで女王が見事に自治警察を動かした、と思わせる内容になっているのだ。
 そして、特番の途中に流れるCMは、今回の事態を忘れさせるような、新規公開の映画の予告だったり、人気バンドのコンサート案内ばかりだ。
 巧妙に、現実に起きた危険な事態を日常の中に埋没させようとする意図がある。
 パステルは所長研修で教わった、情報工作と世論誘導の科目を思い出しながら、ディスプレイに流れる番組編成を分析していく。
 その編集方式は、良くも悪くも、広告代理店が間に入った民間的な手法だが、やはりニュース映像事態は政府系の映像編集が入っている以上、自治政府だれかが必死に女王へ累が及ばよう手を尽くしているのがうかがわれる。

『さて、次のニュースです。明るいニュースですねっ! 新女王陛下の即位式が前倒しで挙行されるそうです――』

 どこが明るいニュースなのか、二人にはわからなかった。
 しかし、店内にいたまばらな客や、店員たちが突然食い入るように映像に目をやったのをみて、ここの文化は王家というものにとてもニュースバリューを見出しているらしいことを理解した。
 それどころか、さっきまで男を罵る話ばかりしていた水商売がらみの女性客たちが、新女王についてなにやら楽しそうに希望を語り始めた。

「こいつぁ……相当、女王ってやつは信頼されてるんだな」
「たぶん、王家が信頼されてる」とパステルが訂正する。
「ふーん。今までの統治が相当よかったとかか?」
「ペーパームーン自治王国は、それなりに税金をとるけれど、福祉もいいから」
「んで、歴代の王はちゃんと税金を公正に使ってきたと」
「少なくとも、表向きは」
「棘のある言い方だな」
「詳細は知らないから。公開情報は、いつも美しく整っている」

 パステルは繰り返される新女王即位式にまつわる祭典の話題を流し続けるディスプレイを観ながら、静かに言った。

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全ては未来の向こうへ行くため06



 死が、満ちていた。
 人が死ぬということは、それが一つの遺伝子の終わりであるという以上に切実なものを伝える。
 特に、有機生命体の死はキァハ准将にとって受け入れがたい感情を想起させる。
 憐れみと、同情。
 プリインストールされていないはずの感情が、彼女の電子脳をかき乱すのだ。
 死に際に、家族を想起したのであろうか。
 明日の予定はあったのだろうか?
 未来を失う失意を、感じたのであろうか。

『――准将、命令を』

 床、天井、壁と四方を埋め尽くす昆虫の姿をした怪異どもをどう始末するか、第1分遣隊を指揮するランヌ少佐が問う。
 だが、キァハ准将は自らが同調している突入部隊の視野に含まれる、人々の死を凝視するばかりであった。
 ――また、あたしは守れなかった。
 彼女はすでに苦痛を感じることもないであろう、死者たちの顔から、まだイタイ、クルシイと声を読み取った。
 女中だろうか、客室にでも運ぼうとしていた紅茶は届けられずじまい。背中からダガンの鋭い脚によって貫かれて死んでいた。
 警備員だったのだろう。ひときわ凄惨に『解体』された死体は、最後まで拳銃を握りしめていた。
 

『司令?』
「撃滅しろ」

 指示とは言えない命令であったが、ランヌ少佐の胸中に歓喜のファンファーレが響く。

『了解。撃滅いたします』
「そうだ。撃滅だ」

 第1分遣隊は、撃滅行動を開始した。
 さて、軍隊における火力発揮とは統制された暴力の集中である。
 集中された暴力は、統制された破壊という結果を惹起する。
 この点、ランヌ少佐率いる第1分遣隊はみごとにこの因果の流れを生起させた。
 ダーカーは数をもって抵抗しようと、波のように退いては押し寄せてくる。
 しかし、見事な管制射撃によりアサルトライフルから発射される弾丸が途切れることはなく、また軽機関銃の火線は途絶えない。
 ブルドーザが瓦礫を押しのけるように、第1分遣隊は黒々とした悪意の群れを潰していく。

『――生存者、確認できず』
「知っている。当機は貴官の視野と同期している」

 まただ。為政者の愚かしさのツケを、為政者の代わりに市民に支払わせるとなってしまったと、キァハ准将は排熱システムが勝手に発動するくらいに思いつめた。
 この目を閉じることが出来ればどれほど都合がいいだろうか。
 払われた犠牲に目をやることもなく、ただひたすらに目の前にはない楽観的未来を見ていることを許されているならば、幸せはすぐそこにあるだろう。
 だが、キァハ准将は、人類を守る使命を与えられたキャストなのだ。
 彼女の立ち姿はすべての命の盾であり、彼女の影は守りきれなかった者たちの悲鳴なのだ。
 暗き絶望に沈みゆく人々に希望を与える光となるために、彼女の黄金に塗り上げられた人工頭髪があるのだ。

『セキュリティ装置を現認。いい仕事をしたものです』

 同調していたキァハの視野に、隔壁制御用のレバーを握りしめたメイドの姿が映っていた。
 だが、レバーを握る腕と、その体との距離は1メートル。
 そして、体と頭部の距離は3メートルだった。

「見事だ。定めある命を、力強く使い切っている」

 キァハ准将は、このような死を何度も見てきた。
 ただでさえ有機生命体というのは命が限られているのに、その命を見事に燃やし尽くそうとする者たちが、数多くいる。
 あらゆる戦場で、彼女はそのような有機生命体を見てきたし、なぜそのような行動をとれるのか論理と科学の力では説明できなかった。
 だから、彼女はそのような命の在り方を、端的に『見事だ』と評することにしている。
 それ以上に、何をいうべきかいまだにわからないから。

『同感です。女王陛下の居室周辺を確保次第、開放します』
「どれほどの命によって生かされているか、あの女王が理解すればいいのだが」
『司令、口調が……その』
「あ、ごめん。ついマジになっちゃったわ。人の心など無視しなきゃね。そうじゃないと、あたしたちは戦争が上手にできない」
『はい。有機生命体の内心への同調は、任務遂行の際に不要かと』
「鋼鉄の心と、泣かない瞳を与えられた理由を思い出せ、ね」
『……私も、人の死をみると冷静ではいられません。やはり、創造主の死は思いのほか堪えます』
「あら、素直ね」
『何百年も戦っていれば、機械にも心の一つくらい芽生えますよ』

 そういって、ランヌ少佐は自らの掌の温度を高温化し、ちぎれてなお隔壁レバーを離さないメイドの手をほどいていく。
 死後硬直で固くなった指を、己の手で包みこみながら一つ一つ丁寧に解きほぐす作業は、死者に対する敬意に満ちていた。

『――司令。人同士が争わなくなっても、我々はまだ、必要とされているんですね』

 解きほぐした手を見つめながら、ランヌ少佐はそうつぶやいた。



 隔壁を叩く音が小さくなり、代わりに銃声が聞こえたとき、ココたちは安堵に包まれた。

「余は、助かるのか」
「みたいですね。うれしいですか?」
「……」

 嬉しくないといえば、ウソになるとココ女王は思う。
 やった! 助かった! と大騒ぎしてやりたい気持ちもどこかにある。
 だが、それは漠然としたなにかによって押しとどめられていた。
 彼女自身にはそれがなにかはわからなかった。

「……!」

 ココ女王は、むしろ先ほどよりも膝の震えがひどくなっていることに気付いた。
 女王として、見なければならない現実が近づいていると心が先に悟っているのだ。
 まだ頭では認めたくなかったが、自分がろくでもない指導者であり、役立たずであることを見せつけられる瞬間が近づいていることを、心はすでに敏感に感じ取っていた。

「姫様?」
「いやじゃ……余は、助かるべきでない……」
「――いまさら気づいたんですか。姫様もお気楽ですね」

 ミカンの声はからかいが含まれていた。
 しかし、見事に梱包されたナイフのように、その言葉のもつ危うさを覆い隠してあるだけにも聞こえた。
 心のやわらかい部分を的確に貫ける言葉を、ミカンが捜しているのかもしれないと思うと、ココはいてもたってもいられない。
 彼女の心は気づいているのだ。
 女王の側に仕えている者たちは洗練された職業人であった。だからこそ、この非常事態にも関わらず、女王は『生き残っているのだ』
 本当は、このようなプロの犠牲の上に自己が生き残ったという事実を受け入れがたいだけなのだ。
 彼女は恐れている。
 プロフェッショナルとしての女王となれない自分を生き残らせるために、優れた使用人たちが消えたことが、彼女の胸をえぐるメッセージを突きつけてくることを恐れている。
 思い出せ。人は生まれながらの女王ではない。女王になるのだ! と彼女に死者が訴えかけてくる気がするのだ。
 その言葉を無視するために、彼女は新しく自分の側にあらわれた、年の近い娘に依存できはせぬかと考え始めている。
 幼さを、隠れ蓑にしても許されそうな相手を求める彼女は、やはりいまだに女王にふさわしくなかった。

 しかし、いかに彼女が現実を拒もうと、その時は迫ってくる。



 久しぶりの『実戦演習』に意気揚々とするSPEC=Bは、女王の私室に近接していた。
 SPEC=Bは、淡々と王宮内をはびこっていた黒々とした悪意の群れを射殺、銃殺、虐殺し、駆逐した。
 そして、ダーカーどもによって砕かれた命を抱き上げて、丁寧に寝かせてやったり、毛布を掛けてやったりした
 死者の列が辱められぬよう、キャスト兵たちは死体袋を用意して、それに遺体を保管していく。
 死体を扱うことにより、キャスト兵たちは死者の流した血に染まっていく。
 その血は、なぜキャスト兵たちがこの世に生み出され、この世からいなくなれないのかを思い出させる。

『未だ、血が流されているから』

 この単純な事実を覆すために、キャストたちは戦い続けなければならないはずなのだ。
 有機生命体は寿命があり、そのせいで欲があり、はかない。
 はかないがゆえに、愛するし、愛をされたいと願う。
 そんな論理的とは言い難い創造主たちを、キャスト兵たちは嫌ってはいない。むしろ、ダメなやつらだから、我々が支えてやろうと思っている。
 だから、キャスト兵たちは己の体についた創造主たちの血から、メッセージを読み取る。

『痛い――。苦しい――。なぜ――。死にたくない――』

 そのメッセージを鋼鉄の心に刻みつけて、キャスト兵たちは手にした銃を見事に扱い、創造主たちの敵を排除する。
 すべては、明日を奪われた創造主たちのために。

 そして、SPEC=Bの面々は、女王の私室を守ろうとして死んだ人々の遺体で遊んでいたダーカーを片づけ、安全を確保した。
 もっと早く現場入りしていれば変わったであろうか、と誰もが思う。

「司令、目標周辺の安全を確保。隔壁を開放しますか?」と、ランヌ少佐が訊ねる。
『よし。目標を保護しろ』とキァハ准将から返事がかええってくる。
「了解。かかります」

 ランヌ少佐は隔壁制御レバーを引いた。
 彼のヴィジョンには、同期している部下隊員の捉えている視覚情報が映っている。
 それによると、血塗られた隔壁を解放した先には、威儀を正そうとはしているが膝が震えている女王と、民間人らしき少女が映されていた。

『大隊長、対象を保護』

 隊員に随伴していた有機生命体治療ソフトをインストールしている衛生兵が、すかさず女王と民間人の娘の健康状態を把握する。
 衛生兵は問題なし。ただし過度のストレス状況下にあり、精神面でのケアが必要、と告げた。

「司令、病院の手配を。心療内科、と言ったところでしょうか」
『わかった。いま補給兵站部が手配する』
「しかし、女王は大丈夫なのでしょうか? 正直、これはただの子どもです」

 ランヌ少佐は、衛生兵に毛布を掛けられている幼き女王の姿を見て、危惧をもった。
 こんな子どもに、この国は……いや、この都市船はすべての責任を預けようとしているのか? と。
 か細い肩に重責を負わせていると思うと、女王のふらついた膝は重責に耐えかねているかのようにしかみえない。
 ランヌ少佐には人間の心などは理解しがたいが、ただ、どことなく哀れに思えた。

『それは、我らの領分ではない。我らの管轄は、戦争だ』
「はっ。失言でした」
『もう一人の民間人はどうだ?』
「女王よりはマシ、というか、平然としています」
『――みたいね。こっちでも映像を確認した。さすがTLPT特異体は適応力が違うわね』
「そういうものでしょうか」

 ランヌ少佐から見れば、二人ともただのティーンエイジャーだ。
 ただ、なんとなく民間人の娘のほうからはただならぬ気配、というか、何か一線を越えてしまった様子を感じる。
 あまり論理的ではないが、立ち居振る舞いが平均人とは少し違うように思われるのだ。

『さ、撤収するわよ。市街のクソ虫どもはMIR(機動歩兵連隊)の連中がやってくれたわ』
「了解。事後は?」
『そこらは自治警察の仕事よ。自治政府軍はすごすごと帰るわ』
「では、遺体については保存措置を施し、現場に引き継ぎ員を置きます」
『任せた。あたしはいまさら機能を取り戻し始めた緊急大臣会議に出て、すべての映像資料を提出するわ』
「大変ですな。政治のお時間ですか」
『政軍関係は厄介よね。じゃ』

 キァハ准将から各種こまごまとした事後処置の命令パッケージがランヌ少佐の量子脳に飛んできた。
 こりゃ、雑用だらけだな、と苦笑しようと思ったが、彼のフェイスには顔などなかった。



 ヒマワリ・ヒナタとパステル・エインは、ようやく機能を取り戻した自治警察に業務を引き継いで帰路についていた。
 二人の足取りは重く、戦傷気分に浸っている様子はまったくなかった。
 今回は、ARKSが何一つ活躍できていないし、この船団におけるARKSの立場がいかに戦力上不安要素大であるかるかを認識させられた。

「魔女っ娘、こいつはマズイぜ。アタシらはまったく役に立ってない」
「同感。対策が必要」
「研修生の速成教育プログラムを実行して、可動戦力を増やしたほうがいいんじゃねぇか?」
「インスタント訓練で? ARKSになってもすぐに殺される」
「……まぁ、そうかもしれねぇけどよ」

 魔女っ娘――パステルは何を考えているか相変わらず普通の人々からみてわからない。
 しかし、ヒマワリには、その微動だにしない、思い出したかのように瞬きするだけの白すぎる魔法少女の顔から感情を読み取っていた。
 テンパってるな、こいつ。とヒマワリは心配になる。
 もともと研修生時代だって、パステルは一人孤立して、誰ともまともに友だちになれなかった。
 そんなヤツをペーパームーンにおけるARKS研修所所長に据えてしまうというのは、あきらかにパステルの『成績』『経歴』を見ただけの結論だろう。
 さすがにARKS上層部も、付教官の特記事項あたりにも目を通したから、補佐役として頭と口の悪いヒマワリをひっつけた、といったところだろう。
 ついでに言えば、いろいろ余計なことに首を突っ込んだ二人を、メインのARKS街道から外すとう思惑も当然あるが。

「ヒマワリ、一度部屋にもどって、シャワーをあびたい」
「あ? ああ。構わねぇけど」
「それから、考える」
「どうしたんだ、急に?」
「……」

 パステルは黙り込んだ。
 その様子はますますヒマワリにとって、頼れる友人がだんだんとマズイ状態に至ったことを感じさせた。

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全ては未来の向こうへ行くため05



 戦術情報に表示される赤点、すなわち敵が消えていくのをキァハ准将は楽しんでいた。
 そして、それを消しているのがもっぱら自分である点にも満足していた。
 ずいぶんと久しぶりに展開したSUVウェポンの調子は実に良好だった。
 
「しびれるわね、この火力」と、キァハ准将は身の丈にそぐわない巨大なガトリング砲をもてあそぶ。

 彼女がしびれる快感の犠牲になったのが、巨大な盾と圧倒する頑丈さで悪名とどろかす巨人ガウォンダの群れだった。
 久しぶりに用いた火器管制システムとの同期も良好。
 彼女の思考速度にダイレクトに反応する照準システムによって、ダーカーたちは弾丸に砕かれていく。
 そして、さらに別のタグを敵に付けていく。
 これは間接照準射撃タグであり、タグ付された対象は、後方に控えるニック大尉のSUVマルチプルミサイルによって殲滅される。
 数秒ののち、ミサイルの精密な嵐かタグ付されて敵を滅ぼしていった。

「……やりすぎたかしら?」

 宇宙港界隈にひしめいていたダーカーの群れは、ものの数分で蹴散らされた。
 ラグオル戦役の際に、決戦兵器――たった1機で万の敵に対抗するという、とんでもない設計思想の下に作られているのだから、仕方ない。
 そして、そもそも生還は予定されておらず、駆逐した敵の死体の中で朽ちるべき存在でもあった。
 だが、彼女は人と同じように狡猾になり、生き残ることの喜びを機械ながらも理解できるようになった。
 ゆえに、彼女は無敵であった。

「さて、仕事は片付いたわね」

 そういって、停めてあったサイドカー付バイクの下に戻ろうとしたが、彼女の体は思い通りには動かなかった。
 結論を言えば、彼女の戦闘能力にボディが追従できなかったのだ。
 間接制御系はエラーを連発し、駆動音には異音が混じっている。

「ちっ。役立たずの体だわ」
『どうする? 後退する?』と、ニック大尉から通信が入る。
「ま、通常戦なら使えるでしょ。このまま王宮に行くわ」
『了解。もうすぐバイクんところにつくから』
「さっさとしなさいよ、のろま」
『はいはい』

 彼女はニック大尉が戻るまで、サイドカーに座って待った。
 まるで、人間の女の子が、彼氏を待っているみたいに。



「ミ、ミカン、そなたなにか案はないか?!」
「えーっ! ないない、ぜんぜんないよっ!」
「ああ……余の人生は短いものであった」

 女の子二人が身を寄せ合って、ベッドの下に隠れていた。
 ココもミカンも、扉をぶち破ろうとする異音に身を震わせていた。
 もう、どれほど経っただろうか。
 秘書官の悲鳴と、ドアの下からしみ込んできた血を見て二人が恐怖してから2時間は経っただろうか?
 さすが女王の私室ということで、誰かが外から操作して扉の内側にある隔壁を閉鎖し、安全だけは確保されている。
 だが、ガン、ガンと連続的に隔壁をぶち破ろうと、ダーカーが何かしらの物理的圧力を強めるのをただ聞いているしかできない時間は、ほとほとに恐ろしいものであった。
 外の様子などわからない。全窓は封鎖済みだからだ。
 いわば、反撃の方法を持たない籠城であった。

「あの者たちは……死んでしまったのであろうか」

 ココ女王がふるえながら、ミカンに抱き着いた。

「……秘書官の方々ですか?」
「この王宮に使える者たちじゃ。料理人、女中、秘書官。どれも先代から仕えておった忠義者じゃ」

 その忠義者たちを助けようともせず、こんなところで隠れている自分を、ココは嫌悪した。

「たぶん、隔壁も誰かが閉じてくださったんでしょうね」と、ミカンはココを抱きしめながら答える。
「こんな情けない余のために、なんと勇敢なことか……」
「それがオシゴトなんですよ。姫様」

 おびえる年下の女の子を慰めながら、ミカンはこれからどうしたものかと思案を巡らせていた。
 脱出しようにも、秘密の通路などないらしい。
 活路を切り開こうにも、ミカンの武器は例の博士をこらしめるために持っているスタン・スティックぐらいだ。
 電流をびりびりと流して、相手を痛めつける何とも原始的な警棒。
 こんなものでダーカーを倒せるはずがないことは百も承知であった。
 とりあえず、センパイとして慕っているARKSの二人に連絡を取ろうとしたが、交戦中の通信規制で一般回線からではつながらなかった。
 たぶん、ヒマワリせんぱいも、パステルさんもダーカーと戦ってるんだろう。
 それも、あの二人のオシゴトなんだから仕方ない。

「余は、死ぬのであろうか?」

 なんと情けない女王だろうか、ともココ自身思うが、そういう弱気な考えしか出来なかった。

「……死んだって、いいじゃないですか」

 ミカンがココを抱きしめながら言った。
 女王であるココは相変わらず震えていたが、女子高生に過ぎないミカンはもう震えていなかった。
 
「死んでも、いいじゃと?」
「はい。どうせ大人になれば、心が死ぬんです。なら、今死んだほうが、生き生きと死ねるんじゃないですか?」
「な、なにをそなたが申しておるのかつかめぬが」
「姫様は、この先に何を期待しておられるのですか?」

 あまりにもわけのわからぬ問いに、ココはミカンがおかしくなったのではないかと疑義を抱いた。
 だが、あくまでミカンの様子はいつも通りであった。

「私、思うんです。大したことない人生になるだろうなって」
「ほ、ほぅ」
「ORACLEなんかに飛ばされたって、なんとか食べていけますし」
「ふ、ふむ」
「ちょっと恋なんかして、ふわっとデートしたりして、最後はキスするんです」
「な、なるほど」
「それって、つまらないですよね」

 つまらないものなのか? とココには理解できなかった。
 この平民の娘が一体何を考えているのかまったくつかめないのだ。

「知ってます? 民主主義って多数派の思想が正当化される制度なんです」
「え?」
「だから、私は民主主義が嫌いです。多数派にいれば正当化されるなんて、私には納得がいきません」
「それと、さっきの話にどういうつながりが……」
「恋して、デートして、キスするなんて多数派の考える幸せです。私はそんなの、欲しくないけど、私がいた世界ではそれが正しいってなってました」
「???」
「だから、私、決めました。姫様とキスします」
「へっ……?」

 ココが何か言おうとしたが、その幼い唇を、思春期の唇によってふさがれた。
 それはいうまでもなく、ココにとって初めての経験だった。
 よくわからないが、今までのふるえとは違う震えが背中を走った。
 なんとかミカンを引き離そうとするが、それはココの力では無理な話であった。
 次第に諦めて、ココは固く力を込めていた唇を緩めた。
 そこに、暖かなミカンの舌先が入ってきた。 
 開いてはいけない門をこじ開けるように、強引に、それでいて繊細に。

「……しちゃいましたね、キス」
「――」と、ココは口をパクパクさせるくらいしかできない。
「私、いけないコになろうと思うんです。ここを生きて出られたら、好きなようにします」
「……それと、余に口づけすることに因果はあるのか?」
「ありますよ。姫様。あなたは、私が犯すんです」

 その言葉の意味は、ココには理解できなかった。
 なにか罪深いことでも為そうというのか? 程度である。
 所詮は箱入りで育てられた存在であるし、平民文化のたしなみはあまりない。

「ですから、姫様も一緒にいかがです?」
「な……なにがじゃ?」
「私と一緒に、好きなように生きませんか?」

 それは、ココにとって望外の言葉であった。
 血筋ゆえに、女王になるべく育てられ、来るべき戴冠式をもって王国の依代とならん、という人生。
 それを、辞めさせてやろうと平民の小娘が言っているのだ。
 暗い、ベッドの下で、古き血が流れる娘によって、数百万年の未来の女王であることから連れ出してもらえると。
 その言葉ははちみつよりもずっとあまい響きをもっていたし、ココとってそれは希望の歌であった。

「……すぐには、決められぬ」
「どうしてですか? もうすぐ死んじゃうかもしれないのに?」

 ドン、ドン、と力強い音が隔壁を殴りつけている。
 いつ破られてもおかしくないだろう。

「処女のまま死ぬかもしれないこの時に、姫様は、迷う女の子なんですか」
「処女?」
「したことがない、ってことです。私、まだなんです」

 なにをしたことがないのか、ココには見当もつかない。
 しかし、ミカンの物言いは罪深さ以上に慎み深さを越えたなにかが含まれている気がした。

「一緒に行きましょうよ、姫様」
「国は、どうするのじゃ?」
「そんなの、捨てちゃえばいいんです。いらないんでしょ?」

 いらないのかもしれぬ、とココは思った。
 今までは女王であると言い聞かせてきたが、ミカンの誘いにはとめどなく歓喜の叫びが体内から湧いてくる。
 むしろ、熱いのだ。
 腹の下あたりが、とても熱く、爛れていく感じがする。

「……連れて行って、くれるのか? そなたは」
「もちろん。一緒に、悪いコになろう」

 ミカンは、ギュッとココを抱きしめた。



 SPEC=B第2、第三分遣隊が戦術機動で王宮周囲のダーカーに打撃を与え、抵抗線を形成していた。
 アサルトライフルと同口径の弾薬をばら撒き、火力をもって敵を制圧する軽機関銃をもったキャスト兵たちが、群れるダーカーをバラしていく。
 軽量な軍用アサルトライフルを抱えたキャスト兵たちは、4人一組で相互に援護しあいながら、暫時前進。
 必要があれば、対象をタグ付して、後方に控える誘導迫撃砲部隊からの火力支援を乞う。
 しばらくすると、圧縮されたフォトンエネルギー弾が放物線を描き、対象の頭上に直撃する。
 そして、対象は消滅する。それが軍隊の戦い方だ。

 事前計画通り、SPEC=B第2、第3分遣隊は敵をおおむね排除することに成功した。
 しかし、王宮内部への突入はしなかった。
 准将の読みでは、今次のダーカーの襲撃は『人間を理解している』ものであるからだ。
 となれば、安易に王宮内に突入すれば、別のダーカーたちによって再度王宮を包囲される危険性がある。
 良くも悪くも、賢いダーカーの運用がなされている以上、対抗防御を考える必要があった。
 だからこそ第2、第3分遣隊は輸送機の投下するコンテナから銃座を運びだし、要所に火力陣地を形成した。
 王宮内部への突入は、SPEC=B第1分遣隊が王宮備え付けの屋上ポートから降下・突入する手はずになっている。
 
 見事に形成された火力陣地を見回るように、サイドカー付バイクが進む。
 兵士たちはそこに自分たちの司令官が乗っているにも関わらず、敬礼などしない。
 理由は単純。戦闘状況下での敬礼など無駄だから不要としているに過ぎない。

「――まだ、第1分遣隊はこないのかしら?」

 キァハ准将が自分の左腕を引きちぎりながら言った。
 ちっ、ポンコツの腕め、と罵声を発しながら、座席の下に放り込んだ。
 裂けた人工筋肉から真っ白なタンパク液が漏れだしているので、メディカルキットから取り出した包帯で縛っておく。

「キァハ、左腕がないとバランスが悪くなるよ?」
「修正パッチは当てた。戦闘プログラムに問題は生じないわ」
「けど、ポーニャ少佐が怒るんじゃないかな?」

 ニック大尉が懸念しているのは、キァハのボディパーツは貴重な新型であり、コストがかかっている点にである。
 それを調達するために補給兵站幹部がどれほど苦労したか、とつとつとグチをきかされるのはいつもニック大尉の仕事になる。

「補給兵站幹部の仕事を用意してあげるあたしって、なんていい上司なのかしら」
「……いまでも手一杯の仕事もってるとおもうけどね」

 そんなくだらない会話をしている二人の上空を、SPEC=B第1分遣隊の輸送機が飛んで行った。
 無駄のない機動で輸送機が王宮の屋上ポート上空に静止し、そこから降下用ロープが降ろされた。
 しばらくはロープがゆれるばかりであった。
 ロープを揺らすのにあきたのか、輸送機はふわりと再上昇する。
 メタマテリアル迷彩によって透明化されたキャスト兵たちの姿が映ることはついぞなかった。

「ランヌの部隊が降りたみたいね。よし、そろそろ敵の逆撃も考えられる。警戒を厳にせよ」

 キァハ准将は配下の全兵員の思考と同期して、個別の命令ファイルを手配した。
 キャスト兵が軍事組織として優秀な最大の点は、全員が高速で思考し、高速で同調・並列化できる点にある。
 そして、指揮官の処理能力が高ければ、すべての兵の状況を把握することができる。
 つまり、組織戦をするにおいて指揮・命令・伝達・報告の手順が恐ろしく効率的なのだ。

『こちら、ランヌ。第1分遣隊準備よし』とキァハの電子頭脳に通信が入る。
「よし。突入せよ」
『了解』

 王宮の屋上ポート――数多くの高層ビル建築の集合体の一角の屋上から、ぞくぞくと透明な兵士たちが侵入していく。
 キァハ准将は第1分遣隊員らの視野と同調し、内部の状況を掌握する。
 そこは、瀟洒な王宮の廊下というにはあまりにも、血塗られ過ぎていた。

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ファンタシースター計画36



 アタシらが露店の並ぶ繁華街のデリでチェダーチーズにするかモッツァレラにするかで揉めてた時に、アラートが鳴った。
 だが、市民たちは呆けたみたいに互いに『なんだろうねぇ?』といった顔をするばかりだった。
 戦争から遠ざけられていた船団市民なんてこんなもんかもしれねぇな。

「まずいんじゃねぇか? こいつら分かってねぇ」
「避難誘導を。ヒマワリ」
「は? おまえ、アタシ一人でここにいる全員を誘導できると思ってんのか?」
「やらないと、犠牲者が出る」
「けどよぉ、誘導する権限なんざねぇわけで……」

 くだらねぇイイワケを言ってるうちに、例の『ニオイ』がアタシの鼻をくすぐる。
 その匂いは、いつもアタシの衝動をかきたてるアレだ。
 やつらが実体化しようとするとき、虚数より実数に変わろうとするあの空間情報をゆがめるニオイ。
 殺せ、と衝動がこみあげる。
 体が勝手に平和をちぎり捨てて、武器をとれ、敵を倒せとエンジンをかけ始める。

「……くるぞ」
「わかってる。武器を実体化させる」

 魔女っ娘が武器使用許可を出した。
 市民区画で武器を使うためには統括ARKSの包括許可が必要だからだ。
 この都市船ペーパームーンの統括ARKSは研修所所長の魔女っ娘ということになってる。
 で、アタシらは各々お得意の殺すための道具を手にした。

「ARKSだ! 全員さっさと待避シェルターに駆け込みやがれ!」

 アタシが射撃モードにしたラムダトゥウィスラーを空に向かって連射する。
 銃声なんかに慣れてない連中は、きゃーだの、わー、だの言ってその場に伏せるばかりだ。

「おい、全然逃げねぇんだが……」
「仕方ない。わたしがやる」

 魔女っ娘が何を思ったか杖を握りしめて何やらぶつくさ唱えた。
 すると、炎の渦がいたるところにあらわれて、市民たちを脅かし始めた。

「おいおいっ……」
「大丈夫。火傷で済む」
「そういう問題なのか?」
「事態は急を要する」

 目も当てられない惨状が広がっていく。
 炎の竜巻に追い立てられて、市民たちが押し合いへし合い、誘導されていく。
 転ぶ子どもに、押し倒される女性、あさましく他人を押しのけるおっさん。
 集団パニックを作り出して何が避難だよ。
 あー、でも、一応市民の列はちゃんと『シェルター』の標識のほうに誘導されてはいる。
 けど、どうもそれだけでは済まなさそうだ。

「おい、なんか建物に延焼してねぇか?」
「てへへ」

 なんだか魔女っ娘の死人みたいな目が、妙に輝いてる。

「……マジかよ」
「火をみるとね、わたし、濡れる」

 アタシは目を覆った。こいつ、ダメだ。

「テメェのオーガズムに付き合わされてたまるかっ! 消火装置はどこだ?」

 あわててあたりを探すが、どうも見当たらない。
 というか、燃えて、煤になった何かが飛びまくってて、アタシの視界をふさいでやがる。
 くそ、どうすんだよ。ドーム天井まで黒煙が上っちまってる。

「ヒマワリ。消火よりも、ダーカーを」
「消火も大事だろうがっ! 延焼したら二次災害になっちまう」
「問題ない。火をつけて消すのもまた、気持ちいいから」
「……」

 うっとりとする魔女っ娘は放っておくことにした。
 そして、炎の中から、奴らがご登場しやがった。

「ダーカーを現認した。排除するぞ、魔女っ娘」
「燃やしたら、気持ちいいかも」
「……アタシまで焼くのはカンベンしてくれよ」
「人を焼いたことはない。たぶん」

 そうかよ。
 くだらねぇお喋りはここまでだな。
 目標はダガン。数は米一合分ってところか?
 つまり、アタシら二人で支えきれるか怪しい数だってことだ。

「――援護してくれよ」
「了解。焼き払う」

 魔女っ娘が遠慮なく 大 爆 発 をやらかしてくれた。
 こいつぁ派手でいい。わかりやすい戦いは最高だ。
 だが、規模がでかいだけあって、魔女っ娘の額にはうっすらと汗が浮いてる。
 感じてるってわけじゃなさそうだ。
 吐息は苦しげ。連射は無理そうだな。

「よし。数は減ってる。アタシが突撃する」
「補助する」

 魔女っ娘がアタシにシフタ・デバンドを施してくれる。
 血管が拡張し、心臓の鼓動が強くなる。肺は酸素を多く取り込み、視神経は敵を静止画のようにつかんでる。
 すべてが敏感になり、同時にアタシの身にまとうフォトンの力が強くなる。

「撃滅っ!」

 今まで平和でございと人々の足を受け止めていたアスファルトを蹴って、ダガンの群れに突撃する。
 速くっ!
 瞬きよりも早くっ!
 未来に追いつけるほどに速くっ!

「――ふっ!」

 腹の底から押し出された息が漏れる。
 振り下ろした刀身がバカデカイ昆虫もどきをぶった切る。
 まだだ。
 次、次、次っ!
 まだだ。まだアタシを止めるには速さが足りないぞっ!

『ヒマワリ、調子に乗りすぎ』

 通信機越しに魔女っ娘の声がなった。
 アタシの背後には氷の槍に貫かれたダガンの一山が出来てた。

「さすが、魔女っ娘様」
『数は多い。後退も視野に入れて』
「了解。けど、退いたら市民のシェルターが破られる」

 魔女っ娘がテキトーな誘導をしてパンク寸前のシェルターの扉がダーカーの手で破られたら……。
 言うまでもない虐殺の時間の始まりだ。
 ならば、退けはしない。
 このまま粘れるだけ粘るしかない。
 アタシのセクシーな腹だのおっぱいだのを狙ってくるダガンの攻撃を避け、射撃モードで片づける。
 スタミナを保持しつつ、数を減らす――。



 ――と思ったが、ちょっと数が多すぎるな。

「魔女っ娘、無事か?」
『斬られた。出血は抑えた』
「すまねぇ。浸透されすぎた」
『あなた一人で支えられるわけない。気にせず前の敵を排除』
「了解。背中は預けた」
『……いつものこと』
「そうだな。アタシの背中は、お前がいつも守ってくれる」
『それが、わたしの決めたこと』

 魔女っ娘のやつが派手な雷撃をぶちかましはじめた。
 アタシの背後から連続フラッシュみたいに光が飛んでくる。
 光るごとに、ダガンが消し飛んでると思うと快感だな。

「――ヴォウ!」

 などと、もう女であることなんざ忘れた獣みたいな声がアタシから飛び出してくる。
 連続シフタのせいで、体内のアドレナリンが出過ぎてる。それに、血管も結構ブチ切れ始めた。
 くそったれ。もっとアタシのボディはタフじゃねぇのかよ。
 斬って、撃って、斬って、それでもなお敵の数は減らない。
 マジ参ったぜ。
 このままじゃ、晩飯食う前に死んじまうぞ?

「魔女っ娘、後退するか」
『ムリ。背後からも敵がきた。わたしが対処する』

 ビルの立ち並ぶ繁華街を貫く道路の一方なら、正面戦として対処可能だが……。
 双方から挟まれちまったら、退く場所なんかねぇぞ。
 さっきから発信してる救援ビーコンを誰かつかんでないのか?
 自治政府の警察部隊は何やってやがるんだ……!

『こちらSPEC=B(特殊戦大隊)第1分遣隊。救援ビーコンを受信した。10カウントで支援を開始する』

 アタシと魔女っ娘をつなぐ通信に、冷徹な機械音声が割り込んできた。
 こちらから周波数を合わせて返事をしようと思うが、アクセス拒否された。
 この一方的な押し付けかたは、アイツらに決まってる。

 そして、10秒きっかりになじみの輸送機が上空を通過した。
 なんも降りてこねぇな、と思ってたら静かに抑制された発砲音が四方八方から聞こえた。
 ぼすぼすっと、なんか詰まった感じの音がなると、ダガンたちが四肢を吹き飛ばされていく。
 定番の、軍用サプレッサー装備型アサルトライフルだろう。
 アタシの体にまとわりついてたダガンも、見事な狙撃で弾き飛ばしてくれた。
 
 あっという間だった。

 姿も形も見せず、寸詰まりの音をならすだけで敵を消滅させやがった。
 そして、あちこちの空間が微妙にゆがむ。
 なんというか、ゆがんだ鏡に映った世界みたいなもんだな。

 そして、連中は姿を現した。相変らずのメタマテリアル迷彩か。
 灰色系の複雑な類色をまぶした都市型迷彩に塗装されたキャスト兵士どもだ。
 ボディには戦術ユニット一式を積んだベストを着込み、真っ赤に灼熱したサプレッサーを廃棄して、新しいサプレッサーをアサルトライフルに手際よく装着している。
 なによりも、連中は組織戦に慣れたやつら特有の全周囲警戒態勢をさっさと整えるところがARKSと違う。

『ヒマワリ・ヒナタだな』

 指揮官機らしき通信アンテナを頭部につけてるキャスト兵士が話しかけてきた。
 とはいえ、スピーカーではなくアタシの通信機に直接言葉を飛ばしてくる。
 デジタルな連中ってのは、普通に大気を震わせて会話するってのを知らねぇのか?

「ああ。その通りさ。どっかで見たことある連中だな」
『なら状況を説明する必要はないな』
「ああ。で、正規軍がご登場ならARKSは不要だろ?」
『齟齬がある。我々はヒマワリ、パステル両名を必要としている』

 ちょっと理解に苦しんだ。
 ほら、ドーム天井に隔てられる空を眺めてみても、正規軍系列の輸送機が飛び回ってる。
 こいつらみたいな戦闘マシンどもがあちこち降下してるってことだろう。
 アタシらが必要とされる理由が分からない。

「まぁ、こっちの偉い奴はあっちだ」

 アタシはよろよろとこっちに向かってくる魔女っ娘を指差す。

「なに?」と魔女っ娘がつかれた顔して問う。
「正規軍の連中がお前に話があるんだってよ」
「もう、正規軍じゃないけれど」
「へ?」

 あれだろ。スーパーソルジャーどもの集まりっていえば正規軍だろ。

『我らは自治政府軍として編入された。現在はペーパームーンを守備するのが任務だ』
「あー、あれか? キァハ准将が失脚したってのはこういう意味か」

 なるほど、と勝手に納得してたら、バカは放っておこうと言わんばかりに魔女っ娘と指揮官機が話し始めた。

『我々の戦力は少ない。ARKSの協力が必要だ』
「わたしたちは二名しかいない」
『――冗談を言っている状況ではないが』
「本当のこと。わたしたちは二名。研修生を現地で募集する予定」

 魔女っ娘の言うとおりだ。アタシら2名をもって、都市船ペーパームーンに乗ってるARKSは数え終わりだ。

『――司令に確認を取る』
「そう。どうぞ、ランヌ少佐」

 魔女っ娘がうながすと、指揮官機は通信アンテナを一層伸ばして、なにやら沈黙した。
 アタシが武器の点検を終えたころに、ようやくこっちの世界に戻ってきた。

『ARKSはこのシップに2000人増派すると約束したはずだ、と返事があった』
「0が三つほど多い」
『同感だ。どうやらARKSにも都合があるらしい』
「正……自治政府軍にも」
『情報アセンブリを送る』

 アタシらの端末に、正規軍……じゃねぇ、自治政府軍の作戦図が届いた。
 まぁ、あんまり見慣れた形式じゃないが、現在の戦況くらいは大まかにつかめた。
 敵はこの繁華街と、主要な宇宙港、そして王宮及び自治政府庁舎界隈にあらわれたらしい。
 えらく戦略的な展開だな。要所を抑え過ぎてるっていうか……。

「ダーカーは人類を学習した?」

 魔女っ娘が指揮官機に尋ねた。

『そのようだ。クローンARKSの浸透を阻止できていないと軍情報科が嘆いていた』
「ARKSはクローンARKSの存在を、せいぜい対ARKS兵器くらいにしか見ていない」
『愚かなことだ。奴らの目的は『人類という社会』を理解し、効率的に人類を滅ぼす手段を探ることだ』
「だから、敵が見事な展開をしている?」
『軍は、そう考えている。ARKSのバカどもは、アイドル歌手のコスプレのほうが楽しいらしいがな』
「それがARKS。個人によるいいかげんな武装集団」
『ふん。気に食わんな。では、我らは次の戦区に移動する』

 上空を旋回していた輸送機が、翼を垂直ジェットに切り替えて降下してきた。
 ヤツらはそのカーゴブロックにぞろぞろと乗り込んでいく。
 
『これより、我々は王宮に向かう。先発している第2、第3分遣隊が抵抗線を形成しているあいだに、王宮から女王を救出する』
「仕事熱心ね。わたしたちは違う仕事をする」
『任せた。軍には出来ぬことを頼む』

 そういって、奴らを乗せた輸送機は軽やかに上昇し、飛び去って行った。
 ま、アタシらにしかできないことっていえば……。

「とりあえず、火を消そうぜ、魔女っ娘……」

 アタシはうっとりと燃える市街を眺めている魔女っ娘に言ってやった。

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全ては未来の向こうへ行くため04



 都市船には、通常いくつもの宇宙港がある。
 ペーパームーンは大規模な経済都市船であるから、ほとんどの港は商業ベースとして十分な予算が投入されている。
 だが、すべての宇宙港が使用されているわけではない。
 工業地区から遠い港や、商業地区にとってアクセスが良くない港は当然のように廃用決定が下されている。
 さて、キァハ准将率いる『ペーパームーン自治政府軍(仮)』は、そのような廃用宇宙港施設の一個を『女王陛下直々に』賜った。
 
「あらあら。とんでもないものを頂いたものですわね」

 と、補給兵站幹部であるポーニャ少佐が皮肉を准将に投げた。
 ポーニャ少佐の有機生命体の金髪を模した人口頭髪は、少々ホコリにまみれていた。

「……仕方ないじゃない。これしかないっていうんだから」

 キァハ准将はあれこれと女王(予定)にねだってみたのだが、のらりくらりと躱されたあげくにこんな廃用宇宙港を押し付けられた。
 設備のほうは休眠期間が長く、オートマトンなども稼働していなかったせいで、すっかり荒廃していた。
 市街と宇宙港を隔てる連絡通路の電子ロックは、浮浪者どもによって取り外されてしまっており、セキュリティがゼロになっている。
 おまけに、港に放置されていたコンテナ類をちょっとした住居代わりに改造して、浮浪者どもが居ついてしまっていた。

「あらあら、兵たちがチョコレートなんかを配ってますわよ?」

 ポーニャ少佐の視線の先には、市街戦迷彩に再塗装(市販のペイントOSをインストールした兵士が塗った)された兵たちが、浮浪児たちにチョコを手渡したり、サッカーを教えたりしていた。
 中には、『アクシオス』艦内の電子掲示板を勝手に持ち出して、授業のようなことをしている者たちもいる。

「強くなければ生きられない。やさしくなければ生きていく意味がない、ってやつの実践のつもりでしょ」
「よろしいんですか? 兵たちの情が浮浪児たちに移ると、不法居住者たちの一掃が難しいですわよ?」
「仕方ないわ。持ちつ持たれつってことで、あれも利用する」
「あらあら。准将は本当にお人が悪いですこと」
「うるさいわねぇ。んなことより、港の諸設備の状況は?」
「報告書を転送いたしますわ」

 ぽん、と手際よくまとめられた資料が准将の端末に届いた。
 そこには見事に使えない×印のついた設備が羅列されていて、読む者の気力を削いだ。

「総合整備インターフェイスは錆びちゃってるわけ?」
「ええ。現在整備班にあれこれ努力させてますけれど、使えるにはもうしばらくかかるかと」

 総合整備インターフェイスは、船外作業用クレーンやら溶接機器などといった、艦艇整備に欠かせないドック機材を指す。
 これらが機能しない限り、ボロボロの強襲揚陸艦アクシオスの修理は進まず、防空戦闘に投入できないし、着上陸戦もできない。

「兵舎のほうの掃除は?」
「まずまず、といったところですわね」

 兵員たちが日々のデータをアップロードし、戦術・戦略システムの更新をするドッキングクレイドル(つまりベッド)を並べるところがキャスト兵士にとっての兵舎だ。
 キァハの手元にある資料によれば、はるか昔に倉庫として使用されていた港湾設備のいくつかを使用できることになっている。
 現在はニック大尉指揮下で改築作業が進められている。進捗度は三交代制ができる程度、といったところである。

「なんか、一度でいいから最新鋭装備全開で、最強に有利状況からスタートする戦争をやってみたいわ」
「あら、それじゃ戦争じゃありませんわ。ただのゲームですのよ」



「なぜじゃ! たかがゲームではないか! それすらも余から奪おうというのかっ!」
「ゲームだからですっ! まったく、姫様は政務をなさらず、地球歴のモノばかりで……」

 ココ・ラ・ペーパームーンは王者の品格など微塵の欠片もないダダをこねていた。
 彼女がせっかく集めた地球歴時代の古いゲームの類(原始的なコンピュータゲーム)を奪われそうになっているのだ。
 奪っているのは、ハイスクールに通っていそうなティーンエイジャーの娘であった。

「姫様ではない! 陛下じゃ! それよりも、ミカンっ! かような無礼が許されると思っておるのか!」

 ココ女王は威儀を正して、自らの権威を示そうとする。
 しかし、だれがどうみても大人でも子どもでもない中途半端な娘が威張っているだけにしか見えない。
 むしろココからアイテムを奪っていく少女のほうがまだ大人びていた。
 地球歴時代からTLPTしてきた女子高生は、すこし大人にならないとこの世界では生きていけないのだ。

「もちろんです。ヌヌザック博士と自治政府との締結書類がありますから」

 ミカンは女王のわがままなど意に介さず、プレイなんとかだとか、なんとかボックスなどをタグ付し、量子倉庫に転送する。
 あっというまに、人形とベッドとおもちゃしかない女王の私室から、地球歴時代の素晴らしいなにかが消滅した。

「ああっ! なんてやつじゃ! 集めるのにどれほどの血税が使われたかっ!」
「税金をちゃんと使ってくださいね。では、失礼します」
「まてぃ! せめて、せめて箱だけは……」
「ダメです。全部集めていいと秘書室の皆様からも許可は貰ってますっ!」
「余のものなのに、秘書官どもの許可で奪えるはずがなかろう!」

 ひざ元にすがりついて文句を言うココ女王をみて、ミカンはかわいい後輩でもできたかのような気分になる。
 とはいえ、一国の女王様とヌヌザックから聞いている以上、友だちのようにテキトウにあしらうわけにもいかない。

「いいですか、陛下。難しいことはわかりませんけれど、財政がよくないらしいですよ? だから陛下の地球歴時代のモノを売って――」
「それは財務官僚が悪いのであろうっ! 余の責任ではないぞ!」
「ええっ!?」

 ミカンは女王のあまりの無責任発言に驚いた。
 女子高生程度のミカンですら、財務官僚丸投げはマズイと聞いたことくらいある(社会の先生から)。

「姫様、それってマズイですよ」
「なにがじゃ? それに余は姫ではない。女王じゃ」
「あのですね、姫様。国ってのは偉い人がダメダメだとショボンと沈んじゃうもんなんですよ?」
「じゃから、余は姫ではないっ!」

 ぎゃーぎゃーと騒ぐココ女王をどうしたものかとミカンが思案していたら、ドアを叩く音がした。

「……まったく、誰か?」とココ女王が返す。
「陛下、自治政府軍総司令官閣下がお越しですが?」とドアの向こうから返事が来た。
「またあのうるさい女キャストか。追い返せ」
「しかし、その、一応総司令官なわけで」と、秘書も戸惑う。
「この国で一番偉いのは女王じゃ。つまり、余である」
「わかりました。陛下は多忙であると伝えておきます」

 この一連のやり取りをみて、ミカンはあきれてものが言えなくなった。

「あの、姫様」
「学ばぬやつじゃな……もうよい。何か?」と、いい加減訂正するのを女王はやめた。
「軍人さんを帰しちゃっていいんですか? 軍の一番偉い人でしょう?」
「よいのじゃ! 事あるごとに民の安全だの、国事がどうだの、くどくどうるさい奴であるからのう」
「でも、姫様はこの国の偉い人ですし」
「好きでなったわけではないぞ! 生まれたらそうだっただけじゃ!」

 ココ女王はむくれて、自分のベッドに転がって枕を抱いた。

「……余は、普通の家に生まれたかった」

 ココ女王がそんなこと言うのを、ミカンはベッドの側に椅子をよせて聞いていた。

「私だって、こんなところ来たくなんかなかったです……」

 ミカンの返事に、ココが興味をもったらしい。

「そなた、己に不満があるのか?」
「そりゃ、ありますとも。私は姫様みたいに恵まれてないし」
「なんじゃ、それは」
「私なんてカスみたいなものってことですっ!」
「ぬぉ……落ち着くがよい。そこまで興奮するな」

 今度はココ女王がミカンに気圧される番らしい。

「女の子一人が稼いで、食べいくって大変なんですよっ! わかりますか?」
「え、あ、まぁ……」
「嘘っ! ぜったい姫様はわかってないですっ!」

 分かってないといわれても、ココ女王にはどうしようもない。
 生まれも、育ちも違いすぎるのに『解れ』などと言われてもどうしようもない。

「ええい! あれこれうるさい娘じゃ! とにかく今日は下がるがよい!」
「いいえ! まだまだ姫様には――」

 二人がくだらない言い争いを続けようとしたとき、聞きなれない音が部屋に響いた。
 そして、軽い振動。
 窓ガラスがふるえ、ベッドわきにあったウサギの人形が倒れる。

「な、なんじゃ?」
「姫様っ! あれを!」

 ミカンが驚愕の面持ちで指差した先は、市外から黒煙が上る様であった。
 
「火事か? 消防は何をしておるのやら……」

 ココが私室に備えてある双眼鏡を手に取り、市中の民たちを見下ろす。
 彼女の居城から一望できる街並みは、いつもかわらず、城を取り巻いているものだと思っていた。
 だが、違った。
 今日はいたるところで黒煙が巻き起こり、ドーム天井に映し出されていた青空の景色はアラートの茜色に染まっていた。

「陛下、緊急事態でございますっ! ダーカーがっ!」

 私室のドアから飛び込んできた秘書官の女性は大慌てであった。
 想定外の事態にどう対応していいかわからないのであろう。ただオロオロするばかりであった。
 そして、ココ女王は目の前で起きている事態を否定したい気持ちに押されて、何か決断を下せる状況になかった。

「ど、どうすればよいのじゃ……」

 ココ女王は、ただの女の子のようにそうこぼすばかりであった。



 アサルトライフルを抱え、戦闘装具一式を身に着けたキャスト兵士たちが続々と多目的輸送機に乗り込んでいく。
 そんな様を廃用宇宙港に居ついていた浮浪者や浮浪児たちがなにも言わず見送っていた。
 浮浪児たちからみれば、無言で、慌てることなく秩序を保ち輸送機の中に納まっていくキャスト兵士たちが、さっきまでサッカーを教えてくれていた連中と同じ存在とは思えなかった。
 陽気でいいかげんな雰囲気はなりを潜め、黙々とバイザーで光学通信を交換し、必要があれば光沢部品に迷彩を施していく兵士たち。
 一言でいえば、戦争に慣れていた。

「SPEC=B(ランヌ少佐隷下の特殊部隊)を先行させろ。1stMIRと2ndMIR(第一、第二機動歩兵連隊)は事前配備計画に則り担当戦域を確保しろ」

 キァハ准将はニック大尉が運転するサイドカーに座りながら、淡々と命令を出していく。
 内心では忸怩たる思いがあったが、それを出すわけにはいかない。

『SPEC=B了解。ストライカーパッケージで出ます』
「任せたわ、ランヌ少佐」
『かかります』

 ランヌ少佐以下、特殊戦大隊を乗せた多目的輸送機3機がジェット噴射をしながら離陸する。
 SPEC=Bは第一優先保護目標である王宮に直接向かうことになっている。
 一方で、装備更新が間に合わず、未だ旧式装備の1st、2ndMIRは予備兵力として運用せざるを得ない。
 また、間に合わなかった! とキァハ准将は内心で叫ぶ。
 
『こちら1stMIRのスィヘリヴェです。俺たちを出せませんかね? 避難指定区域くらいなら保持できますけど』
「旧式のボディでか?」
『同盟軍装備だって悪くないもんですぜ。SPWも整備してありますし』

 1stMIRは旧同盟軍系列の兵士たちで構成されている。
 そしてグラール太陽系で名を馳せたかの部隊の装備にはSPWという重火器が配備されている。
 支援戦闘機仕様のマルチプルミサイルランチャーや、へヴィ・バルカン、挙句は突撃仕様の大型ソード類まで火力ハッピーだ。

「分かった。お前たちを出す。ダーカーどもを抹殺しろ」
『了解。かかります』

 1stMIRを搭載した多目的輸送機も離陸していく。
 宇宙港と都市船内部をつなぐ連絡通路を器用に飛んでいく輸送機の列をみていると、練度は十分だと分かる。
 ただ、練度があろうとも、性能面で問題を抱えていてはどうしようもない。
 兵員に欠員が出るだろうことは予想の範囲内だ。
 だが――とキァハ准将は覚悟を決める。
 すべては弱きものを助けるためだ。この世に我らが作られたのは、人々が救済を求めたからだ。

「あたしたちも出るぞ。ニック」
「ええ!? 司令官自身がでちゃったらダメでしょ?」

 ニック大尉は止めた。この人に暴れてもらうのは、最後でいいといつも思っているからだ。

「現状で最高のコンディションにあるのは、あたしとあんたよ、ニック」
「そうだけど……」
「だったら答えは出ている。戦域の戦力値を上げるなら、我々がいたほうがいい」
「ま、止めてもきかないだろうね。ARKSに連絡はいれとく?」
「ARKSはペーパームーンにいないはずだ」
「またまたぁ。キァハが手を回したんでしょ? ヒマワリさんとパステルさんが着任したみたいだよ」

 ニック大尉が入管記録をキァハ准将に転送する。

「ちっ! 飼い犬に死なれちゃ気分が悪いから助けてやったのに。タイミング悪いやつらね」
「なんだかんだ言って、キァハは優しいね。で、どうする?」
「あいつらは勝手に動かせとけばいい。あたしらは組織体として行動する」
「了解。じゃ、いこうか」

 ニック大尉がアクセルグリップを回すと、エンジンが鼓動を立てて仕事をはじめる。
 速力を増しながら連絡通路を突き抜けていくサイドカーの上を、予備戦力の2ndMIRを満載した輸送機の列が飛んでゆく。
 いつもそうだ。
 正規軍の進路には、戦場しかない。

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ファンタシースター計画35



『ヒマワリ・ヒナタを都市船ペーパームーンARKS研修所教官職に任ずる』

 こんな一行が記載されただけの電子辞令のせいで、アタシはシャトルシップに乗ってる。
 ゆらり銀河旅行……ってわけじゃなく、単に今までいたARKSシップ2番艦ウルから、都市船ペーパームーンにお引越しってとこだ。
 ついに、アタシにピーピーついてきてた魔女っ娘ともお別れか。
 さびしくなるぜ。

「ヒマワリ、よそ見してないでテキスト開いて」

 アタシの隣に座ってる、ちょっと暗そうで、人づきあいが苦手そうなニューマンの娘っこが文句をたれてくる。
 黒・黒・黒。見てるほうの気持ちをダークにしてくれる素敵なファッションセンスに脱帽せざるを得ない。
 アタシの目を見て話さないこいつを見てると、イライラしてくる。

「……」
「なに? 仕事しないと」
「……なんでお前が所長なんだよっ!」

 魔女っ娘改め、新しくペーパームーン研修所所長として赴任するパステル様々サマさまが、エラそうに説教を垂れ始めてどれほど経ったろうか。
 このコミュ障娘を所長にするなんて、ARKS上層部はスパゲッティモンスターに洗脳されちまったんだろう。

「まぁまぁ。センパイ方は仲良しなんですから、ケンカせずにですねぇ」

 と、仲裁に入ってきたのは、ティーンエイジャー代表取締役女子高生のミカンだ。
 なにがミカンだバカヤロウ。へんてこな名前の古代人ごときにアタシの不満はおさえられないぞ。

「なんでミカンまでシャトルシップに乗ってんだよ? アタシらARKSとは違うだろ、お前」

 ミカンのやつはヌヌザック博士んところの助手として飯のタネを稼いでる市民Aだ。
 どういうわけか地球歴時代のサイタマとかいう忍者が一杯住んでるところからPLPTしてきたとか。
 市民権のないダリッド堕ちしそうな状況を、アタシらと法院のイケメンに助けられて、今は豊かなORACLEライフになじんでる。
 家族のもとに帰りたいだろうけれど、そこんとこどう思ってるんだろうな。

「私はヌヌザック博士から言われて、ペーパームーン政府のオシゴトをするんです」

 ミカンがじゃーん、とか言いながらアタシらに電子ペーパーを見せつけてきた。
 そこには、なんじゃらよく知らん研究機関の代表であるヌヌザック博士の署名と、ミカンをペーパームーンに派遣研修させる旨の記載があった。

「研修ってことで、ペーパームーン政府が保持している地球歴時代の遺物の調査なんかもするわけです」

 この宇宙大航海時代となっては、地球とかいう青くてどうしようもない星の文化なんざ星屑の海に放置プレイだ。
 なんとなく自分たちに起源が地球にあるってくらいは認識してるけど、だからなに? ってのが一般的な感覚だしな。
 そういう地球歴の文化について、あれこれ学者さんたちはマニアックに研究してるわけさ。
 ミカンも地球歴時代の女子高生とかいうジョブに就いてたらしいから、こういう仕事にありつけてる。

「たしか、ペーパームーンにはオリジンたちの遺物が保管されてたはず」

 魔女っ娘がORACLEアーカイブにアクセスしながら言った。
 そして、手持ちの端末に検索してきた情報を表示した。
 なんだかよくわからんが、丸い球状のものが安置されてる画像データが表示されてた。

「なんだこりゃ?」
「さぁ? わたしは専門外だから」
「……!」

 ミカンのやつだけが、どうやらこれの意味が分かったらしい。
 でも、やつの驚きは楽しさとかワクワク感とかゼロのそれだった。

「なるほど。博士はこれを調べたかったんですね」
「なに勝手に納得してるんだよ?」
「まぁ、あんまりセンパイ方には関係ないと思います」
「そういわれると気になるじゃんかよぉ」
「……ヒマワリ。ミカンに構ってないでテキスト開いて」

 魔女っ娘が所長面してアタシに文句を放り投げてくる。
 ま。さすがに教育担当者なんだからテキストくらい読んでおくべきかもね。

「ARKS上層部の気まぐれがいつまで続くかわからない。正当性を担保すべき」

 魔女っ娘のやつが、アタシに現実を説く。
 たしかにARKS上層部が色々と首突っ込んじまったアタシらを生かしておく義理なんかない。
 けど、どういうわけかペーパームーンに放り込んでお茶を濁そうとしてやがる。
 つまり、アタシらには利用価値があるか、手を出せない理由があるかだ。
 ってことは、いよいよもって仕事の出来が悪けりゃ、あれこれ理由つけて消されても文句は言えない。
 もしアタシらをかばってるやつがいても、アタシらが無能だったらかばいきれはしないだろう。

「わかったよ。マジメになってやるさ」
「あなたがマジメじゃないと、研修生が死ぬ」

 魔女っ娘が、ぞっとすることを言った。



 都市船ペーパームーンがどんなとこかなんて興味なかったけど、来てみるとワルいところじゃねぇな。
 宇宙港からデッキへと進み、民間の洒落た空港ロビーに出た。
 土産屋があったり、税関があったり。武装しているやつなんか全然いない。
 これが平和なんだ。
 ARKSシップと違って、ガチな経済都市艦だから人々の顔に魂がちゃんと宿ってる。
 戦争ばかりの船と、戦争から遠ざけられた船の違いはそれだ。
 目の前にある現実が違うんだ。安らぎこそが日常である連中にとって、戦争はいつも遠いところにある。

「いいところじゃんか。安らかでさ」
「そうですね、センパイッ!」
「目に見えるところは、そう」

 せっかくこっちが安らぎの空気を吸ってるってのに、魔女っ娘様が水を差しやがる。

「んだよ、それ。せっかくの新天地なんだから楽しもうぜ? 新しいマイルームにも行きたいしな」

 魔女っ娘様のほうは、アタシの言なんか聞いてないらしい。
 とことこと勝手に手続きを済ませてゲートをくぐっちまった。
 アタシもあわててヤツの後について行く。
 入国手続きで「目的は?」と係員に聞かれたから「戦闘訓練さ」と答えておく。
 はは、ここには戦争なんて来ないですよ、と気楽な答えが返ってきて、入国許可証をくれた。

「戦争が来ない?」と聞いちまう。
「ええ。だって、女王様がなんとかしてくださいますから」
「女王様?」

 ここはSMかなんかのヘンタイカルチャーが主流の都市船なのか?

「ええ。先代様がお隠れになられて、しばらく空位がありました。しかし、いよいよです」
「はぁ」
「ココ様が王家の成人年齢である14になられました。即位式がもうすぐでしてねぇ。観光客もひっきりなしですよ」

 おしゃべりな入国管理官によると、どうやらこの都市船は女王様が治めているらしい。
 基本的にORACLEは自治政府の集合体だからな。合衆国とか連邦みたいなもんだ。
 そんなかに王国みたいなのがあったっておかしくはない。

「へぇ。じゃ、アタシらもいろいろ観光してみるぜ」
「ええ。よい滞在を」



 いつ作られたのかわからないペーパームーンの研修所は、オートマトンによって整備は行き届いていた。
 やっぱりドゥドゥあたりが巻き上げてるARKSの資産がこういう不動産関連を維持する予算になってるんだろうな。
 ただ、すべてが最新ってわけじゃないし、規模だってそんな素敵なもんじゃない。
 ちょっとしたハイスクール程度の規模しかない敷地に、ささやかなグラウンド。そして体育館代わりの演習シミュレータ室。
 演習シミュレータシステム回りは一昔前のもんだったから、持ち込んだキットでバージョンアップを図った。
 とはいえ、アタシは全然手伝ってなくて、魔女っ娘様が全部やったんだけどな。
 けど、これからがアタシの仕事だ。

『聞こえる? ヒマワリ。シミュレータを起動するけど』

 ああ、聞こえるぜ、と答えておく。

『一回り前のシステム。実戦レベルで行く?』
「あたりまえだ。やってくれ」

 アタシは青のガンスラッシュ、ラムダトゥウィスラーを実体化させる。
 完全受注生産の名の通り、アタシ専用にオーダーしたそれは悪くないもんだ。
 戦略OSとのリンクを確認。馴染んでる。十分にな。
 ただ、アタシはもっと自由にやるつもりだ。
 もう一本、武器を実体化させる。
 
『なにやってるの? 二刀流なんて安全規則違反』
「二丁拳銃でもあるんだぜ? 戦略OSのサポートを最小限にする。アタシがアタシの力量で制御するさ」
『……勝手にすればいい。開始するから』

 今まで何てこたぁないコンクリ造の広いだけの部屋が、あっという間にナベリウスの『凍土』に変わった。
 寒さまで再現たぁ、細かいねぇ。

『心拍に変動あり。大丈夫?』

 まぁ、ちょっと死にかけた凍土だからな。緊張くらいはある。
 けど、問題ないとだけ答えておく。

『標的を出す』

 魔女っ娘の声と同時に、アタシの背後にフォンガルフルっつー、真っ白なオオカミが現れた。
 首筋を食いちぎろうと飛びかかってきたのを、淡々と刺殺する。
 以後、敵がじゃんじゃんあらわれてきた。

 刺殺
 
 射殺
 
 絞殺
 
 と、アタシが使えるすべての技術を駆使して対象を殺す。
 体が熱くなる。
 体幹を巡るあらゆる筋肉が動員され、声帯がわけのわからない声を勝手にひりだす。
 奥歯を食いしばり、足の裏の皮がズル剥けるほどのステップを繰り返し、すべてを殺すんだ。
 敵を、殺せ。
 アタシの内側から豊かな大合唱になって、殺せ殺せと響く。

『――ヒマワリ! シミュレータの処理速度を超えてる。テスト中止を』
「まだだ! アタシは殺す!」

 ガウォンダとかいうでっかい盾を持ったデカブツのコアをうりうりと刃で斬り裂いてやり、弾丸を撃ちこんでやる。
 
『なに熱くなってるの? テスト終了』

 冷静な魔女っ娘によって、アタシの熱いパトスは中断された。
 あっけなく現実の虚ろなコンクリ造りの殺風景につつまれて、うんざりだな。

「で、どうだった?」
『研修生レベルなら十分に実用レベルのシミュレータ。けど、あなたには向かない』
「だろうな。敵の挙動が遅すぎる。本物はもっと狡猾で、強い」

 初めての二刀流+二兆拳銃なんかで倒せるほど、現実は甘くない。
 所詮はシミュレータだってことだ。

『……今日はここまで。戻ろう、ヒマワリ』
「そうだな。晩飯はどっちがつくる?」
『デリで買って帰る。まだ荷解きが済んでない』

 たしかにな。
 アタシらは入国したらすぐに研修所の下見に出向いたしね。
 宇宙港で別れたミカンのやつは、今ごろペーパームーン政府が用意してくれた官舎のほうでバスタイムでも謳歌してるだろう。
 アタシらも、始めるか。
 新しい生活ってやつをさ。


 

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ファンタシースター計画34



 事実ほどに雄弁なもんはない。
 シーナのやつは、己を語るためにアタシをゲットーに連れてきた。
 あいつらの宇宙船の中に備え付けられていたテレポータルを使えばすぐだった。

 さて、どうしたものやら。
 ゲットーはアタシの理解に余る場所だった。
 アタシの目に最初に飛び込んできたのは、壁一面に埋め込まれたカプセルの中に、老若男女の有機体が眠っている場所だった。
 ちょっと古い研究所みたいなもんだな。どっかで見たことあるような気もするんだけど、思い出せない。
 広さはネオ・バスケットボールコートくらいだろうか。
 アタシはすっかり、転送されるとともにダリッドたちの住むゲットー……地球歴時代のスラムみたいなとこに飛ぶもんだと思い込んでいた。

「どうみても研究所だな」
「ゲットー地域内にある施設です。屋敷からのポータルリンクはここに繋がっていますので」

 なるほどね、施設ですかい。
 アタシはマジマジと適当にカプセルの一つを覗いてみる。
 そこには絶叫したような表情のまま固まっている男の子がいた。
 思わず、アタシは無言で後ずさる。

「どうかなさいましたか? ヒマワリ・ヒナタ様」
「あ、ああ。いや、思ってたのとは違ったなというか何というか」
「ここはF計画の研究施設の跡地です。施設自体は生きていますが、どういうわけか構成員がいないので、ゲッテムハルト様が面白がって私物になさっております」
「……なんだって?」

 思いがけない言葉に、焦りを覚える。
 忘れよう、首を突っ込まないでおこうと意識していた言葉が聞こえてしまった。

「F計画だって? じゃあ、ここはF機関が……なんの研究してやがったんだ?」
「おや。F機関についてご存知でないのですか?」
「……しらねぇよ。知り合いがいるってだけだ」

 死んだはずの槍使い。
 アタシに愛してるなんてナメたこと抜かした野郎が、いる。

「意外ですね。政府系列のARKSとして御高名なヒマワリ・ヒナタ様はF機関ごときのプロジェクト情報をお持ちだとばかり」
「……なに? 政府系列のARKSだと? アタシはそんなもんになった覚えはないぞ」
「なるほど。失礼いたしました。言葉を変えます。プレーンボディ計画で生み出された試作品で、ARKSに不信感を持つ政府系の皆様方からご厚意を賜っておられる方ですから、同じく政府系のプロジェクトであるファルス計画についても、十分な情報を得ておられると我々は誤認しておりました」

 シーナのやつは、アタシ以上にアタシが何であるかを知っているらしい。F機関が政府系なのは薄々感づいちゃいたが。
 おい、何で知ってるんだと言おうと思ったら、機先を制された。
 シーナはたんたんとカプセルに埋め尽くされたラボラトリー部屋をぬけて、制御室らしきところに入り、コンソールをいじり始めた。
 制御室は爆薬実験棟の観測室みたいにやたら耐久性のある構造をしていた。アタシたちがくぐった自動ドアは三重の手動ロックで、カプセルの並んだ部屋を見ることができる観測窓は、あたしの見たところ多層フォトンシールドが施されている上に、分厚い物理ガラスまではめこまれている。

「ヒマワリ様にお見せいたしますのは、F機関の行っている実験のほんの一部でございます」
「なに言ってんだ、シーナ?」

 シーナのやつがコンソールに表示されたレッドボタンをタッチすると、制御室から見えるカプセルの列が一斉に開き、中に収まっていた連中がよく分からん培養液みたいなもんと一緒に放り出された。
 大人から子どもまで、男女の別なく裸だ。
 そして、目を疑う事象が生じた。
 人々の周りにダーカー特有の空間侵食が生じ、黒い渦の中にみなを飲み込んでいっちまった。

「おい! なにやってんだシーナ! さっさと中止しやがれ!」

 体が反射的に武器を転送し、馴染みのガンスラッシュであるレイデュプルを射撃モードにしてヤツに狙いを定める。

「……なにを、驚いておいでなのですか?」
「人が侵食されてんだぞ! 止めねぇでどうするっ!」
「お知り合いでもいらっしゃったのですか?」

 顔色一つ変えずに、とんでもねぇことを口走るシーナに、アタシは何を言っていいか分からなくなってきた。
 このマッシュルームヘアがっ!

「バカなこと言ってねぇで……止めないと、撃つぞ」
「理解いたしかねます。ヒマワリ様、このORACLE、F機関、そしてゲッテムハルト様のいずれの関心も今まで惹かなかったモノたちに、なぜそこまで動揺なさるのかわかりかねます」
「馬鹿野郎! 目の前で人が人じゃなくなっちまってるんだぞ!」

 アタシはさっき見た男の子が、頭かかえてうずくまったあげく、エル・アーダと呼称される浮遊型ダーカーになっちまったのを見た。

「目の前でなくとも、いつだって人は失われていきます。一つ伺いたいのですが、ヒマワリ様は現在、どの程度の命が同時刻に理不尽に失われているか、つねに考えておられるのですか?」
「おまえ、なにを……」

 アタシが狙いをつけているのもかかわらず、澄まし顔でシーナは言葉を続ける。

「政府の非公式な統計局のカウントによれば、一分間に12人の未登録市民、すなわちダリッドが死んでおります。今我々のいる偽装研究施設の外に出ると、ほぼ崩れかけたバラックが無秩序に立ち並び、小さな女の子がスープ一杯のために体を売り、誰かが誰かの頭を吹っ飛ばし、ドラッグ取引の決裂で銃撃戦ないし法撃戦が繰り広げられ、巻き込まれた方々が死んでいる。今ここで誰も知らないようなダリッドたちが、ダーカーに侵食されたところでなにを驚くことがあるのでしょうか? 見える犠牲と、見えない犠牲では、見える犠牲のほうが尊く、救われるべきとヒマワリ・ヒナタ様はお考えなのでしょうか?」

 もうあれだ、呆れてモノが言えない。

「救える可能性が少しでもあるなら、救う力があるなら、何とかするのが道理だろうがっ!」
「あなたには力があるのに、ダリッドを救うためにわたくしを撃ちませんでした。やはりゲッテムハルト様は正しい……。覚悟がなければ、どんなに力があっても何も救えない」
「……ファック!」

 アタシはレイデュプルの安全装置を起動し、下ろした。
 ダーカーに侵食されちまった連中は、天井からニョキニョキ生えてきた自動機関銃によって、作業的に殺されていった。
 もう、何をやっても無駄だった。

「F機関はこのようにして、幾度となく人類とダーカーが融合した存在を生み出そうとしており、また、ARKSも一枚かんでおります。例えば、ヒマワリ様がナベリウスの凍土に不時着なされた任務も、実験によって生み出された『素体』を惑星にあるより大規模な実験設備に移すためのものでした」

 くだらねぇ。
 何もかもがくだらなさ過ぎて、イラついてくる。

「命を……何だと思ってやがるんだ……」
「存じ上げません。ただ、人類の歴史は個々の生命をそれほど重視していたとは思えません。百万年前の我らの血縁者を我々は知りませんし、その人が幸福であったかどうかも誰も気に留めませんので。つまるところ、個々の命にはそれほど価値がないのではないかと」
「馬鹿野郎! そんな寂しいことばっか言ってるから、平然と人間を実験材料にしちまうんだよ!」

 思わず、アタシはシーナの首根っこつかんじまってた。

「……離していただけますか? わたくしはゲッテムハルト様以外に触れられたくないのですが」
「テメェがいま殺した連中だって、命を他人に握られたくねぇっておもってたろうよ!」

 アタシはシーナを離した。思ったよりも強くつかんでたみたいで、ヤツの白い首元が少々赤くなっちまってた。

「それほどまでに、救いたいとお思いでしたら、わたくしを撃ち殺せばよかったのでは?」
「......てめぇ」
「ゲッテムハルト様なら、自分の想いを遂げられるために、容赦なく邪魔者を殺します。10年前の動乱で市民IDを失い、やむなくダリッドに堕ち、破廉恥な男や女の間を売り渡されていたわたくしのような汚れた女を、『いい女だな』と言ってくださいました」

 なに言ってやがんだ? こいつは……。

「そしてあのお方は、飼い主たちから、わたくしを奪ってくださいました。『欲しくなったから、お前を奪った』とベッドで教えていただいた時、初めてわたくしは、人に必要とされる存在なのだと思い至りました。そして、あろうことかあの方はわたくしのために、こんな世界を壊してくれると約束してくださいました」

 髪に隠れていたシーナの瞳が、ちらりと見えた。
 異様にぎらぎらするばかりでなく、恍惚とした様子が垣間見えて、アタシ如きの言葉なんざ決して響きやしないことを悟った。

「わたくしは、女として、あのお方のためにできることはすべてするつもりです。さて、私事はここまでにして、外に出て、ヒマワリ様が見たがっていたダリッドたちの絶望を鑑賞いたしましょう。かわいそう、といいながらヒマワリ様は自分が恵まれていることを再確認なさることでしょう。おそらく、満足の行く観光になると思います」

 強烈な皮肉だった。
 力なく、覚悟なく、目はあいているのに何も見ていないとシーナのヤツは指摘してるんだ。
 つまり、ヤツはこう言いたいのだ。
 見たところで、知ったところで、お前は決して何者にもならず、また何もなさないであろうと。
 そして、アタシのウジ虫みたいな心はこう返事している。
 弱くて、ごめん。と。

「……どうやら、お帰りになったほいがよろしいようですね」
「あ、アタシは……」
「まだ、その時期ではなかったのでしょう、とだけ申し上げておきます。ゲッテムハルト様がどうしてヒマワリ様にご期待なさったのかわかりかねますが、お客様に粗相があってはなりませんから」

 シーナは馬鹿丁寧にお辞儀をして、制御室内に携行テレパイプを展開した。人がくぐる光のドーナツが、アタシを追い出そうと輝いてる。
 もう一度、カプセルが並んでいた部屋を一瞥した。
 アタシがクソビッチだったせいで、あっさりと消滅しちまった命があった場所だ。
 そして、アタシは散々ダリッドについて足を使った挙句、たどり着いた最後のドアの前で引き返そうとしている。
 ここで帰ったら、ダメだと心が叫んでる。
 けど、一方で、お前はホントになにもしねぇクソビッチなんだから、帰っちまえとも魂が言っている。
 そして目の前のシーナは、テレパイプの方に行けと明らかに促している。
 こんなところで悩むから、ホントにアタシってやつはどうしようもねぇオンナなんだな。



 世の中ってのは、なるべく個人に依存しない様に制度が作られてる。
 アタシが自己嫌悪に悩まされて、ウジウジとこうやって部屋でウィスキー飲んでたって、世界が滅ぶことはない。
 魔女っ娘のやつは、アタシがバーカウンターで突っ伏してるのを見たって特に何も言わない。
 飲みにすぎないように、くらいは言ってくれたけどな。

「おやおや、だいぶ堪えたようですね。失礼しますよっと」

 勝手に玄関のセキュリティを解除しやがったのは、もちろんクソなイケメン野郎だ。
 例の如くタイトなストライプスーツに、ピンク色のスリッパ。
 整いすぎたイケメンが颯爽とご登場ってわけだ。
 アジャン・プロヴォカトゥール。法院の汚れ仕事担当官のくせに、なまいきだ。

「……よぉ。逃げ帰ったアタシを笑いに来たんだろう?」
「ああ、それはもう終わりました。報告書と監視から上がってきたレポートで腹筋がよじれるかと思いました。はい」

 ヤツはアタシがザコだってことくらい十分承知だったらしいし、子飼いの検索員をちゃんと送り込んでもいたらしい。
 いつだってそうだ。アタシは猿回しに回される猿なんだよな。

「ところで、いいお酒を飲んでますね。私も一杯いただきますよ」

 アジャンは勝手にカウンターにおいてあるアタシの貴重なレーベルを、グラスに注ぎ始めた。
 あげく、それをライムジュースで割りやがった。なんてファッキンな飲み方だ。

「いやはや、ヒマワリさんがあれこれとかき回してくれたおかげで、別件が大変効率よく進みましたよ」
「……嫌味か?」
「もちろん。あなたの弱さが強みに転じるかと思いましたが、今回は、まったくダメダメですよ」

 アジャンのやつがいっきにライムジュース割のウィスキーを飲み干した。

「もうちょっと期待してたんですがね。こっちも余計なことに首突っ込み過ぎだとか、飼い犬に縄つけとけとか、散々でした」
「アタシは、あんたの犬じゃねぇ」
「存じておりますよ。ですがね、上のほうはそう思っちゃいませんよ。私も、あなたも左遷ということになるでしょう」

 左遷、という言葉がいまいち飲み込めなかった。
 アタシはARKSの人間だし、アジャンは法院の人間だ。お互い違う世界でのこのこ足掻いてるはず。
 しばらく呆けてると、アジャンが苦笑しながら教えてくれた。

「この船の様々な問題に首を突っ込みすぎたあなたは、ARKSの一部の皆さんから相当に嫌われます」
「勝手に嫌ってやがれ。アタシはどうだっていいさ」
「しばらくしたら、あなたに教官職の任務に就け、との辞令が下るはずです」
「職務専念義務による惑星降下禁止も付いてくるわけか。もちろん、キャンセルはなしなんだろ?」
「ええ。断ったら、今度こそあなたは殺されます」
「ありがたいこって」

 もう一杯ウィスキーをグラスに注ごうかと思ったら、いつのまにかカウンターにやってきてた魔女っ娘に止められた。

「ヒマワリ。あなたが不在の間に、キァハ准将が失脚した。アジャンも大コケ」

 魔女っ娘がどんっ、とアタシの前に水の入ったグラスを置いてくれた。
 ありがとよ。

「あんだって? あの女も足元すくわれたのかよ」
「そう。情勢が一気に動き始めてるの」
「でも、魔女っ娘は大丈夫だろ? アタシみたいなヘマなんざ一つもしてねぇし」

 こんなことをいうアタシを、魔女っ娘とアジャンのやつはバカを見つけたみたいな顔してみてやがる。

「パステル様も、法院系列のお仕事を引き受けておられたのを忘れてるんですかね? ヒマワリさん」
「ヒマワリは、空気読めない子だから」

 二人がやれやれと言わんばかりなので、アタシはますます自分が嫌になる。

「どーせ、アタシはダメダメですよ」
「ええ。ダメですね」
「ダメというより、終わってる」

 魔女っ娘にそういわれちゃあ、もうどうしようもねぇな。

「あなたは努力が足りない」

 魔女っ娘が自分用のオレンジジュースを飲みながら言った。

「ARKSとしてやっていける程度の努力はしてるけどな」

 体鍛えて、敵を殺して。

「そうじゃない。あなたには、あなたの人生の物語が欠けている」
「はぁ?」
「おや、珍しい。パステル様がどうやら本気でヒマワリさんを心配しているようですね」

 心配? 魔女っ娘が?

「いつも流されてばかり。状況を作り出す側になろうって思わないの?」
「い、いやぁ、だってアタシ、バカだし……」
「言い訳ばかり。バカでも世界なんて変えられる。いいか悪いかは別にして」

 悪いほうに変えちまったらダメだろ? と言いたくもなったが、じっと睨みつけられてるので黙っておく。

「ヒマワリは、もう一度ヒマワリ・ヒナタにならないといけない」
「はぁ」
「ナベリウスで、最初の任務で、わたしを見捨てなかったヒマワリに」

 その一言は、痛すぎた。
 あの時は必死になってこいつを抱えて走ったけ?
 がむしゃらに、生きてる実感だけがあったっけか。
 だけど、今のアタシはどうだろう? クソみたいな木端ARKSだ。

「以前のあなたは、エスメラルダ教官にあこがれてた」

 懐かしいな、おい。ぶんなぐられて以来だな。

「今度は、毅然とあなたが教官にならないといけない。たとえ左遷でも、強く、美しく」

 左遷でも、の部分がイタイ。
 けれど、魔女っ娘があたしに言いたいことはよくわかった。
 つまり、こういうこった。
 やり直せ、お前自身を。

テーマ : PHANTASY STAR ONLINE2
ジャンル : オンラインゲーム

全ては未来の向こうへ行くため03

 それは、いわば巨大なカメであった。
 レイ・ブラッドベリ級超大型ドーム型居住艦『ペーパームーン』は、カメの甲羅状のドームシティに1000万人の人口を抱えて宇宙を旅している。
 そこには惑星文明がそのままコピーされ、それでいて宇宙大航海時代独特の文化がスパイスされて、わけのわからない独特のORACLE文化とも言うべきものを作り上げていた。
 この巨大都市ペーパームーンに、オンボロの強襲揚陸艦を名乗る不審船がエンジンをくすぶらせながら入港した。
 当初、入港管理局は船籍を照会できず、やれどうしたものやら、と悩んだが、古びたデーターサーバーの中に『正規軍艦艇』として登録されていたことから、入港許可を出した。
 正直、殆どの人間が忘れていた。ARKSばかりが有名になった結果、古来より存在していた同盟軍および十か国政府軍系列の『正規軍』が希薄化してしまっているのだ。

 入港した『不審船』アクシオスは、入港管理官の言葉を借りれば「朽ちた棺桶」であった。
 前回の大戦時よりいいかげんな補修しか行われなかった外装は、死んだ魚からウロコがこぼれるみたいにボロボロと外れていくし、推進装置からは、出ちゃいけない色の煙が時折噴き出していた。
 さて、どんな連中が乗っているのやらと、検疫局員たちが船内に立ち入ると、フリーズ状態から解放されたはいいもの、現代の常識に疎くなったキャストの群れが、殺気と失意という合わさってはいけない組み合わせの感情をむき出しにして、ぐちぐちと自販機などの前で文句を垂れているヒドイ光景ばかりであった。
 ただ、検疫局員たちは、初めて見る『正規軍』の連中を興味深そうにながめ、ヘンなビョーキを持ってないかなど一日かけて検査した後、旧式すぎて互換部品が足りなさそうな連中がいる以外問題ないとの判断を下した。
 つまり、晴れて不審船アクシオスにとどめおかれていた将兵はペーパームーンへの『入国』が許可されたのである。

 さて、入国が許可されたはいいものの、指揮官たるキァハ准将は命令を出せていなかった。
 肝心のペーパームーン自治政府の役人ないし大臣などと連絡がつかなかったからだ。
 まさか、勝手に武器弾薬その他資材を勝手に港におろし、コンテナ埠頭のスペースを勝手に借用するわけにもいかない。そんなことしようものなら、その利用料は誰が払うのか揉めることになる。

「(どうすりゃいいわけ? 兵に個人戦闘装具つけさせて街に行かせていいのかしら? 武器の携行ってどこまで許されてるのか全然わかんないわ)」

 キァハ准将の手元には、ペーパームーン自治政府の法令資料がなかった。船団憲章や、正規軍規則の類などは充実していたが、まさか自治政府軍に鞍替えさせられるなどと思っていなかったし、政治的にもさほど重要とは思えなかったペーパームーンの行政研究など、彼女がするはずもなかった。
 あれこれとペーパームーンに新設される『自治政府軍』が、何を、どの程度、どのような行動をとることができるのかを推し量る法令の説明を主務官庁から説明を受けたくて仕方なかった。

「旅団長、さすがに資材を降ろしませんと、緊急事態に備えることはできなくてよ」

 旅団の人事兵站参謀であるポーニャ少佐が、ムダにゴージャスなボディ(20年前のだけれど)を披露しながら言った。
 さすがの人事兵站参謀も、最新型の流行の女性型ボディを手に入れる予算を捻出できていないようだ。
 しかし、戦闘に直接参加するキャストではないことから、それなりに見目麗しいままの、ある種の貴族的な魅力は損なわれていなかった。

「ペーパームーンのARKSの兵装管理はどうなってるのかしら? それを参考に装備を携行させて……」
「あらあら、団長もお疲れのようですわね。ペーパームーン自治政府はARKSを受け入れておりませんことよ」
「……そうだったわね。平和の極みを謳歌してるんだっけ。他の船がダーカーの浸透を受けたってのに、お気楽なもんよね」
「お気楽と言えば、先ほどペーパームーンの防空戦闘システムを覗きましたら、全然Verアップしてありませんでしたわ」
「そうなの? MARS5.56と同期は?」
「言わずもがな、ですわ」

 ポーニャ少佐に、あっさり正規軍系火器管制規格がペーパームーンにおいて不適合状態にあると知らされ、キァハ准将はあきれた。
 まるで人間のように一つため息をこぼすと、アクシオスのAIに声をかけた。

「アクシオス、自治政府に回線はつながった?」
「つながってはいるのですが、不通です。おそらく、担当官が不在なのでしょう」
「不在って……ふつう、危機管理部門はオールタイム勤務でしょ?」

 事件か? 植民惑星反対論者や、原生生物保護活動家によるテロリズムか? などとキァハ准将の戦争屋的な思考がフル回転する。

「……団長、そこまで危機的な事態ではないと思いますわよ?」と、思考が同調しているポーニャ少佐が苦笑する。
「そうかしら? もしかしたらダーカー対話主義者なんかがクーデタとかしてるかもしれないじゃない」
「いえ、ですから、こちらをご覧くださいな」

 ポーニャ少佐が、キァハのヴィジョンに直接、現在放映中のニュース映像を流した。
 そこには都市船ペーパームーンの中では現在、『オ・マツリ』なるヤーパン文化的なにかを模した儀式が盛大に行われているとのことだった。
 市民たちはこぞって『ユ・カタ』やら『ハ・レギ』などと言った民族衣装を着て、露店やら出店やらの立ち並ぶ大通りを練り歩いていた。
 町中のいたるところには『ボン・ボリ』という古式ゆかしい照明器具が大展開され、それらの淡いやさしい光の下に、平和を人々が謳歌していた。

「――楽しそうね」
「役所のほうも、休業してるようですわよ」
「かーっ! マジ、ORACLEが戦時下だってのに、気楽なもんよね!」
「あら? でもわたくし、戦争一色の船団のなかで、平和という文化をたしなんでいる船がいることが嬉しいですわ」

 ポーニャ少佐の言い分に、キァハも多少は同意した。
 自分たち正規軍――もとい、自治政府軍の目的は、こういう平和を守り抜くことだ。
 人々が目の前の娯楽を楽しみ、将来を不安がることなく豊かに生きていく。それこそ守りたい未来の形ではないだろうか。

「ま、適当に軽武装で上陸させとこうかしら。駐屯地の座標は?」
「――駐屯地の座標も送られてきておりませんわ。なかなかどうして、ペ―パームーン自治政府のみなさまはユルユルしておいでですのね」
「ゆるゆるされてちゃ困るわよ! あたしらが訓練して、装備を整える場所を提供してくれないと、いざって時に活躍できないじゃない」
「まぁまぁ、団長。『オ・マツリ』の時期みたいですから、ここはひとつ、穏便になさってはいかがですの?」
「穏便ってあんた……。とにかく、あたしが自治政府の庁舎に乗り込んで話しつけてくれるわ。面つきあわせれば、話は進むはずよ」
「あらあら、団長様はマジメな方ですわね。むしろ非武装上陸で、みんな『オ・マツリ』を楽しんできなさい、って命令すればいかがですの?」
「そんな有機生命体の真似事なんかできないわよ。ニック、聞こえる――?」

 キァハ准将は、馴染みの副官に連絡を取り、軽装甲車を手配し始める。
 しかし、ニック大尉からは芳しくない返事が返ってきた。

「あー、ごめん。なんかシャフトの交換部品がないみたいなんだ。結構ほったらかしだったから、痛んじゃってるし」
「……ほかに足はないの?」
「サイドカー付のモーターサイクルなら。でも、これって確か、カーツのオヤジさんの私物じゃなかったっけ?」

 カーツのオヤジさん、というのは、旧同盟軍の総司令官だったキャストのことだ。
 すべての種族に理解を示し、紛争根絶に生涯をかけたかの名将は、今はもうMARSの中の量子記憶としてしか残っていない。
 再生することは可能だが、ORACLEとMARSの協議状況からすると、まだまだあのオヤジさんに戻ってきてもらうタイミングではなさそうだ。

「あれでしょ? ライア・マルチネスとかいう女を口説くために買ったけど、女のほうは別の男に流れたっていうオチで――」
「あはは。ダメだよ、キァハ。オヤジさんのこと噂すると、同盟軍上りの連中が不機嫌になる」

 ニック大尉の言うとおり、カーツはいまだに同盟軍上りのキャスト兵士にとって尊敬の対象であった。
 たとえ、女にアプローチする前に恋が終わるような、奥手すぎる司令官だったとしても、それは変わらない。

「じゃ、それのエンジン暖めといて。あたしが直に庁舎まで出向くから、運転よろしく」
「えーっ! ボクだってまだ仕事あるんだよ?」
「んなの、残業してあとから片づけりゃいいのよ。あたしと仕事、どっちが大事なわけ?」
「えっと、仕事かな」
「……とにかく、運転を任せたから」
「えーっ!」

 キァハは通信を切ると、艦長席においてあったこまごまとした電子ペーパー類を確認して、携帯端末にすべて転送した。
 行政関連は書類がモノをいう。手続きに強ければ、行政機関ではのし上がれるのだ。

「あたしは今から庁舎に出向くから、ポーニャは平時指揮を代行。戦時指揮権はいつも通りランヌ、エリシュカ、スィヘリヴェの順で」
「了解ですわ。オ・マツリのなかでニック大尉とデートなさるなんて、わたくし嫉妬してしまいますわ」
「バカ言ってんじゃないわよ。仕事よ、仕事」
「あらあら、何年たってもウブですわね」
「……任せた」

 ポーニャが有機生命体のようにキァハをころころとからかうのを無視して、彼女は仕事道具一式をもって艦橋から出て行った。



 ボン・ボリが照らすやさしい橙色の光の列を眺めながら、キァハ准将は慣れない平和な町をサイドカーに座っていた。
 オ・マツリのために至るところが交通規制されており、情報重複事故(同一座標に二人以上が並列してテレポートしてくること)を避けるために、テレポータルも使用禁止になっていた。
 つまり、都市船ペーパームーンは古式ゆかしい伝統的な交通手段をもってしか移動できず、かつ、懐かしい『交通渋滞』まで再現していくださっているわけだ。

「渋滞とか、ボク初めてだよ。結構風情あるね」

 と、進まぬモーターサイクルにまたがったOD色のキャストが、ユ・カタなどを着込んだ若い女性(ニューマンやヒューマン)に声をかけられてデレデレしている。
 若い女性たちからすると、戦いの香りがする存在が珍しいのだ。

「ねぇねぇ、おにいさん、もしかしてARKS?」
「ばっかねぇ。ARKSならエンブレムあるでしょ? たぶんアレよ、引退して市民権もらった退役ARKSでしょ」

 などと、好き勝手なことをいいながら、隣のお姉さんは彼女? 等、くだらない質問をニック大尉に浴びせかける。
 ニック大尉は笑顔をつくることができないフェイスタイプ(バイザー式の機械的フェイス)なので、努めて明るい声色で、気さくな答えを返す。
 どこのだれも正規軍――今は自治政府軍であるということに気付くものなどいなかった。
 ようやく車列が動き出すと、ニック大尉は楽しくお話をしていた女性たちに手を振りながら、トロトロとモーターサイクルを前進させ始めた。

「楽しそうね、ニック」と、キァハ准将はサイドカーの縁に頬杖をつきながら言った。
「な、なんで不機嫌そうなのかな?」
「そう? あたしそんなに不機嫌そうにみえる? 表情OS切ってあるんだけど」

 その無表情が逆に恐ろしさを醸し出しているんだ、とニック大尉は言ってやりたかったが、下手なことを言うと地雷原に突入した兵士のようになりそうだったので、慎重に話題を選ぶ。

「と、遠いね、総合行政庁舎」
「そうね。こんなんだったらサイドカーじゃなくてシャトルシップ使えばよかったわ」
「でも、シャトルシップはまだ整備すんでないよ?」
「あんたが責任もって、整備統括しときなさい」
「えーっ! ボクに仕事ふりすぎでしょ?」
「バカ。睡眠なんていらないのがキャスト兵士の強みでしょ。残業してでもやりなさい」

 やはり地雷原を回避できなかったニック大尉は、ため息をつく代わりに、バイザーを明滅させた。古いモールス信号でS.O.Sを意味するものだ。
 地雷原に突入してしまったからには仕方ない。とりあえずキァハ准将を無事に総合行政庁舎まで届けてしまうまで辛抱だ、と自分に言い聞かせる。

「あ、そうそう。このオ・マツリにはオ・ミコシっていう派手な箱みたいなのを担ぎ出すイベントがあるみたいだよ? 仕事が終わったら、キァハもユ・カタきて一緒に見に行こうよ」

 地雷原の中で被害を最小にとどめるために、ニック大尉はキァハにオ・マツリのパンフレットを転送した。

「ふーん。あたしの出力系に対応する強度を持ったユ・カタがあれば、着てみてもいいかも」
「うん。キァハなら絶対似合うって」

 切り抜けたか? とニックは多少安心する。

「でも、そんなのフォトンカーバイド製でもない限り、ムリよね。戦闘防弾防刃ベストと同じ素材のユ・カタなんて売ってるわけないし」

 はぁ、とキァハがまた溜息をついたので、ニック大尉はいまだ危機を脱していなかったことに気付かされる。

「そ、そうだ。ポーニャさんに頼んでみようよ? もしかしたら手配できるかもしれないし」
「はぁ? ダメよ。ダメ。部隊の予算をユ・カタごときに使うわけにはいかない。『メセタは有限、時間は無限』が平時の正規軍の合言葉でしょ」
「いや、ほら、ボクらの給料で買うとか。全然使ってないから、結構たまってるでしょ?」
「……なに言ってんの? あんたの給料なんて、あんたが欲しい欲しいとねだってる装備一式買うために使っちゃったわよ?」
「えーっ! なに勝手にボクの給料使い込んでるのさ?」
「211年1441時間28分前に、使っていいって約束してるけど。アーカイブあるわ」

 ニックのメインカメラ画面の隅っこに、懐かしい映像が流れてきた。まだニックが旧世代のボディだったころのもので、どっかの植民惑星に降下作戦してたときの映像だった。
 ホタルみたいな原生虫の光に包まれて、ニックが『ボクのすべてを使ってくれていいよ』とキァハに言っていた。

「こ、これはあれでしょ? あのときの事情があったわけで」
「事情はあの時より悪化してるわ。だから、約束は有効。時効の主張は時機おくれの抗弁として認めない」

 民事訴訟法の規定まで持ち出されては、ぐぅの音もでない。ニックは地雷原に飛び込んだ己の愚かしさを呪いながら、アクセルを回した。



 准将らのサイドカー付が、自動取締君の無慈悲な機械的判断で、駐車違反の切符を切られていた。
 ご立派なビルディングである総合庁舎の前は駐車禁止エリアなのだ。今どき車で乗り付けるヤツなどいない(テレパイプがある)が、はるか昔に作られた法律が未だに生きているのだ。
 が、そんなことをつゆ知らない准将とニック大尉は、人っ子一人いない庁舎の中をうろついていた。

「自治政府の首長室はどこよ?」
「受付の案内図によれば、一番上って書いてあったよ」
「ふーん。やっぱ相変わらず権力者って高いところが好きなのね」

 キァハ准将とニック大尉は、エレベータに乗って最上階に進んだ。
 最上階について、エレベータのドアが開くと、レッドカーペットが敷き詰められたひときわ立派な廊下が続いていた。
 レッドカーペットをキャストの移動手段であるスラスター全開で焦がすわけにもいかないので、二人は機械音を立てながら歩いた。
 そして、ご立派な扉の前にたどり着く。
 扉の上には『陛下の部屋』などと書かれてあった。

「陛下? なにそれ? ここの自治政府ってどういう統治機構なのかしら」

 キァハ准将はORACLE船団憲章がインストールされている記憶部位を起動し、視界の隅っこに条文リストを表示した。
 そして検索ワードを入力し、ORACLE船団に加盟する自治政府はそれぞれ好き勝手な自治政府をつくっていいという根拠条文をみつけた。
 唯一の絶対ルールは、決して他の自治政府やORACLE船団全体に対して危険な行為をしてはならないという点だけだった。

「民主主義すら絶対のルールじゃないってのが、ある意味ORACLEのカオスなところよね」
「なに? 民主主義って? おいしいの?」
「おいしくはないわねぇ。むしろ、苦くて、血の味がする。材料に革命が必要だからかしら」
「ふーん。よくわかんないけど」

 ニック大尉は自分にわからないことは全部キァハが判断してくれるだろうという認識で生きているので、とにかく眼前の扉をノックした。
 軽くノックしてもなんら返事がないので、より強く叩いた。
 しかし、うんともすんともいわない扉に二人は業を煮やし、かってにドアノブに手を触れた。
 すると、扉が自動的に開いた。どうやらタッチ式だったらしい。

「……誰もいないね」

 二人が見渡す部屋は、時代がかった貴族趣味な部屋だった。
 今どき誰が使うんだ的な地球歴時代の甲冑(ヤーパン式とエウロピアン式が混ざっている)が飾ってあったり、壁にはカーバイド製の剣なんかが掛かっていた。
 床は一面、豪奢なレッドカーペットにおおわれ、チリ一つ落ちていない。
 執務机らしきものはこれまたクラシカルな地球歴時代のレプリカ品と思しきマホガニー・デスクだった。
 そして、キァハ准将はそのご立派な執務机の上に、なにやら電子ペーパー端末が置いてあるのに気付き、それを手に取った。

『女王陛下即位式まであと3日。清掃担当者は――』

 つまるところ、この部屋の清掃担当業者の引き継ぎ書類であった。

「女王ってなんだろうね?」とニックが尋ねる。

 キァハ准将は頭部を360度回転させ、部屋をすべて掌握し、その構造と強度および付属物を掌握した。
 ある壁面に掲げられていた人の顔を描いた絵画の列や、その絵画の下部に付記されている在任年月の記載から、一つの答えが出る。

「……ペーパームーン自治政府って、王制国家なんじゃないかしら?」
「今どき王制国家なの? この宇宙大航海時代に?」
「地球歴時代の大航海時代だって、スペインに王がいたし、英国にも女王がいたわ」
「それって、あんまり関係ないような気が……」

 ニック大尉とキァハ准将があれこれと部屋を調べまわっていると、不意に入口の扉が開いた。

「む。そなたたちは何者じゃ? 余の許しを得ずに執務室に入るなど、たいそうな肝の太さじゃな」

 レッドカーペットに仁王立ちした少女がそんなようなことを言った。
 ハ・レギやユ・カタを着ていてもいいこの時期に、その少女はORACLE船団の船団議会議員の制服を着ていた。
 しかし、その制服はどこかこう、少女の身の丈に合っていないというか、制服に着られているというべき有様だ。
 髪は一流の美容師の手で結われているのだろう、光の当たり方で七色に変化する特殊な仕様になっていた。
 顔立ちは、苦労などつゆ知らず、また他人にかしづかれるのに慣れている、不敵な余裕の笑みが張り付いている。
 そして、つつがなく育てられてきたが故の、端正で整った『美しい』顔立ちが、キァハをイラつかせた。

 とにかく、威厳がない――。

 わがままで尊大そうな少女が、歴戦の戦士たちを見下そうとする構図になってしまっている。

「えっと……」とニック大尉が居住まいを正す。
「本官はペーパームーン自治政府軍総司令官への奉職を命じられた『キァハ・キルル』准将です。あなたは?」

 キァハが正規軍と同様の礼式をとりながら、少女に応えた。

「ほう。そなたらが余を守ってくれる武人たちか。しかし……そんなに強そうにはみえぬぞ?」

 人間でもないのに、キァハもニックもビキビキッと、よくわからない思考回路の誤動作らしきものを測定したが、それはなんとか抑え込んだ。

「こちらが名乗ったのですから、そちらも名乗るのが礼儀かと」とキァハが返す。
「おお。そうであったな。余がこのペーパームーン王国の13代女王、ココ・ラ・ペーパームーンじゃ。覚えておくがよい」
「となれば、本官以下、赴任した者たちの上司ということですね。着任の辞を行いたいのですが」
「ふーむ。余は堅いことが嫌いじゃ。いちいちナントカの儀だのなんたらの辞だのはよい。好きにするがよい」
「は?」

 本当に女王なのか? とキァハ准将は思わずいぶかしんだ。

「しかし、陛下。女王たる者、公務を率先し、人々の先頭に立ち、民に範を示すのが務めでは?」
「逆じゃ、逆。民が余のために率先して働くのじゃろう? 女王こそ国の要、じゃな」

 あっけらかんととんでもないことを言いだす幼き女王に、キァハ准将は開いた口がふさがらなかった。

「今、なんとおっしゃいました?」
「じゃから、女王こそ国の要といったのじゃ。そなたらは物分りが悪いのぅ。民など替えが効くが、女王に替えはないであろう?」

 さも当然のようにそう言い放つ女王の姿を、キァハ准将とニック大尉はまじまじと見てしまった。
 だが、そんな二人の視線など意に介さず、女王はとことこと部屋を横断し、執務机のもとにある柔らかな椅子にすわった。

「覚えておくがよい。余こそ、この船を導く女王、ココ・ラ・ペーパームーン。そなたらは精一杯、余に尽くすがよい」

 あたしらはどこに導かれちゃうのかしら? と、キァハはニックの思考にグチをバイパスした。

 
つづく

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ファンタシースター計画33



 世の中には力がある奴と、それがない奴がいる。
 アタシみたいな木端ARKSは力のない奴に該当する。
 んで、ゲッテムハルトのやつは、力があるヤツに位置する。
 
 その違いはどこから生まれるのか?

 まず、住んでるところが違う。
 アタシは魔女っ娘とルームシェアしてる貧乏人。
 一方のゲッテムハルトのやつは『宇宙船』にお住まいだ。
 船団の中で個人所有の船を有しているやつってのは、電子登記簿見る限りではかなり少数だ。
 なんせ、登記制度で何とかなるくらいの台数しかないわけだからな。
 
 で、ゲッテムハルトのやつのところに、アタシがこれからのこのこ訪ねていくわけだ。
 登記簿のデータを見れば、たやすくヤツの船の座標なんざ掌握できた。
 そこに、アタシは手土産もって乗り込むわけだ。すんません、ダリッドについて教えてくれってな。
 そもそも、アタシがダリッドなんざに拘ってるのは、不正を暴くみたいなつまらない正義感からじゃない。

 たぶん、アタシもダリッドだからだ。

 アタシはわけもわからずこの世界に生み出されて、よくワカンネぇうちにARKSになっちまった。
 その背景にはいろんな思惑があるんだろうし、いろんな組織が噛んでるんだろう。
 けれど、つまるところアタシは誰かと誰かが愛し合って、その先に生まれた存在じゃねぇってことだ。
 本当の意味でこの船に乗っているべき存在じゃねぇんだ。
 アタシは、むしろ、ダリッドのようなIDのない根無し草に近い存在のはずなんだ。
 だから、ダリッド問題に首を突っ込む。
 解決できないなら、問題に首を突っ込むんじゃないってお説はもっともなんだが、アタシは問題を見て見ないふりができるほど賢くない。
 だから、アタシはゲッテムハルトみたいな腹立たしいHENTAIに会って、アタシがアタシなりにコミットできる方法をつかむために知恵を授けてもらう必要がある。



 ヤツのレジャー船舶は、とても良く手入れされていた。
 アタシみたいなボンクラが手に入れることなんざ決してできない、贅を凝らしたレジャー宇宙船をやつが買って、大幅に増改築。
 ヤツのための小さな王国を作ったそうだ。そして、その宇宙船の船室がゲストルームだったりベッドルームになってるわけだ。
 入港管理局なんざなく、勝手にシャトルシップで乗り付けやがれという大雑把な来訪管理も、脳筋らしくて気に入った。

 レジャー船になじみの『ペリカン』をドッキングさせて、中に入った。
 エアロックには執事がいた。
 とは言え、これまた旧式のアンドロイドだった。そう、アンドロイドだ。
 キャストのような人類の一員として生きているような存在ではなく、人としての核心を欠いた、機械にすぎない人型。
 今時残ってるなんて驚きだが、こんなのを執事にしてるくらいなんだから、ゲッテムハルトのやつも相当の代わりもんだな。
 この執事に案内されて、華やかなる調度品が飾られた廊下を過ぎ、やたら高級な天然木材を用いた扉の前に案内された。
 さすがレジャー船。なにからなにまで戦争には向いてない仕様だ。

「旦那様、お客様をお連れいたしました」

 どっかの爺さんの声帯をコピーしたような機会音で、アンドロイド執事が報告する。
 すると、高そうな扉の向こうから「入れ」と、例の偉そうな野太い声が返ってきた。
 その声に応え、どうぞお入りください、とアンドロイド執事が扉を開けてくれた。
 
 そこは寝室だった。
 アタシの目には、男女の交わりの中休みといったところの、男女の寝姿がダイレクトに映ってる。
 
 マジかよ。二人はベッドの中にいるぞ?
 
 見事な胸筋にうっすらと汗を浮かべつつ、スコッチのグラスを傾けている男と、すっかりイッちまって玉の汗を白い背中に浮かべて、桃色の頬と唇をしめやかに湿らせた女。
 シーツは、程よく乱れているが、服はたたまれていた。
 つまり、脱がせたんじゃなく、脱いだってことだ。女の方が、自分で脱いで、男がそれを見ていたのかもしれない。

「よぉ、ヒマワリ・ヒナタ。このオレに何の用だ?」
「……」

 アタシは声がでなかった。平然とアレの最中にゲストの女を招き入れる精神が理解できなかった、ってのもあるが、単純に気圧された、というのもある。

「おい、シーナ。起きろ。客人だ。ブラッド・アンド・サンドを作ってやれ」
「はい、ゲッテムハルト様……」

 例の特殊系マッシュルームヘアの女が、ベッドから出ようとするが、どうやら力が抜けちまってるらしく、不定期にビクりと痙攣するばかりだ。

「シーナ、本当にお前は感じやすいな」
「申し訳ございません……ゲッテムハルト様」
「役立たずめ。動けるようになったらオレに奉仕しろ」
「はい。ゲッテムハルト様」

 アタシは他人がどういうセックスするかなんて興味ないんだが、今回ばかりはそうもいってられなかった。
 ここにあったのは恋愛とか売春とか、そういうわかりやすい交わりじゃなくて、もっと歪な、絡み合いのようなものだったからだ。

「勝手にそこらに座って、好きなのを飲め。ヒマワリ・ヒナタ」
「あ、ああ。勝手に飲ませてもらうよ」

 すっかり気押された、というかヤツのペースに巻き込まれちまったアタシは、おずおずと適当にシングルモルトをグラスに注いだ。
 とろんとした液体にから、芳醇な甘い香りがした。
 ヤツらの情交の香りよりも、気高く、キリッとした香りだ。アタシはそれを片手に、ヤツのベッドのそばにあった書物机の椅子に座る。

「シングルモルトを飲むやつは、人生に飽きているヤツだ」
「勝手なこというやつだな。あんたは」
「オレがそう言ってるんだ。なら、それはいずれザインとなる」
「へ?」
「あの暗い小娘と住んでるわりには教養がねぇな」

 まさか、ゲッテムハルトみたいなやつから教養なんて言葉が出るとは思わなかった。

「テメェがきた理由はわかってる。ダリッドどもについて、オレが首を突っ込んでいる事実をつかんだからだ」
「その通りだ。アタシはそれについて調べてる」
「……調べて、どうするんだ?」

 ヤツがくだらないゴミでも見るようにアタシを一瞥する。
 そして、やとこさ体に力が戻ったシーナって小娘が、白くしとやかな裸体を見せつけながら、ゲッテムハルトの体にやわらかく絡みつく。

「失礼いたします。ゲッテムハルト様、ヒマワリ様」

 そんなことを言って、シーナはうす桃色の唇をもって、やつに「奉仕」し始めた。
 マジ、こいつらなんなんだ?

「ARKSもORACLEも、ザコばかりだ。どいつもこいつも自分の人生のなかに縮こまってやがる。今日をしのぎ、明日を片付け、過去を忘れる。そうやってロクデモねぇ日々を奴らは平和ってもんだと思い込んでやがる。忘れてんだな。殺し、殺されることこそ、動物としての人類の生だったってことをよ」
 
 ゲッテムハルトは、そんなことを言ってシーナの乳房を強くつかんだ。
 ありゃ、イテェだろうな、とアタシは思うけれど、シーナは表情一つ変えずご奉仕中だ。狂ってやがる。

「ダリッド問題だって同じだ。見たくないものを見えないところに追いやって、それで安心してやがるんだ。市民て奴らはよぉ。人類って奴は善悪の塊だ。悪だけを切り離せるなんてこたぁ、神を殺すよりもずっと難しいってことを、忘れてる」
「なにがいいたいんだ?」
「テメェがロクデナシってことだ。ヒマワリ・ヒナタ。テメェは何だ? 本来はテメェだってダリッドだ。思い出せよ。忘れたとは言わせねぇぞ。テメェはクローンだろうが。誰に作られたか、どんな目的のために生み出されたか、それをテメェは忘れたフリをして、ママゴトみたいな毎日を送ってる。そろそろそれが後ろめたくなったんだろう?」

 シーナの尻を抱き寄せ、そのまま貫きはじめたゲッテムハルトのクソ野郎に、アタシ自身の懸念を指摘された。

「ヤリながら説教垂れるなんて頭おかしいんじゃないか? ゲッテムハルト」
「狂ってないやつは、この世界が腐ってることを知らないやつだ。生贄をささげ続けることで回る世界を知って、正気を保ってるほうが、むしろ狂ってるぜ」

 ヤツはシーナを激しく抱く。
 獣が子羊を犯しているようにしか見えないけれど、壊すようなものとは少し違う。
 むしろ、アタシが女だからか、ゲッテムハルトのほうが、切なく、強く、分かちがたくシーナを求めているように見えた。
 力を込めて、離さない様に、どうしても離れて行ってしまうシーナを抱きとめようとしているんだろうか。

「……アタシがダリッドだってことくらい、分かってるつもりさ。たまたま、運が良くてARKSなんかやってるにすぎない」
「そうかよ。テメェにとって、テメェの存在の認識はそんな程度か。くだらねぇ。テメェはこっち側に来れるはずなのに、まだそっち側にようと踏ん張ってやがる。気に食わねぇ」

 やつが何を口走ってるのかよくわからなかった。
 アタシにわかったことは、シーナのやつが「も、もう……」と、切なげな吐息をついて、そのまま緩やかにしだれていったことくらいだ。
 こいつらは、オカシイ。
 自分たちが世界の中心で、何をしたっていいと思ってやがるとしか思えない。そうじゃないと、アレの最中に客よぶか?

「ちっ……。シーナ、今日はこのくらいにしといてやる。かまととぶった客の相手は飽きた。あとはお前に任せる」

 そういってゲッテムハルトは意外と丁寧に、くたびれたシーナにシーツをかけてやり、全裸のままベッドから出でて仁王立ちになった。
 隠せよ、前。

「テメェが知りたいと思っていることは、シーナが教える。オレが直接どうこうするほどに、お前は世界をわかっちゃいない。まだ、テメェはクズだってことだ」

 ヤツはそう吐き捨てて、汗を浮かべた厳めしい背筋を見せつけながら、部屋から出て行った。



「取り乱して申し訳ありません。ヒマワリ・ヒナタ様。ご用向きについて、ふつつかながらわたくしがお答えいたします」

 さんざんヤリまくったあげく、服を何事もなかったよ様に着て居住まいを正すシーナに、アタシは開いた口がふさがらない。
 羞恥心とか、そういうもんはコイツもってないのか?

「いや、そんな畏まらなくても。教えてもらうのはアタシのほうだから」
「いえいえ。ゲッテムハルト様が客と御呼びになったからには、粗相があってはなりません」

 十分、粗相があった気がするが、こいつらにはアタシみたいなやつの常識は通じないんだろうな。
 文化が混交して、何が常識で、どれが非常識なのかなんて実のところよくわからねぇのがORACLE船団だしな。

「つきましては、私事ではございますが、不肖わたくしめがゲッテムハルト様の御側にいるに至る点をお話せねばなりません」

 それから、このシーナとかいう奴は淡々と己の来歴を語り始めやがった。
 まったくもって、コイツらはアタシの尺度じゃはかりきれねぇ、厄介な連中だよ、まったく。

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プロフィール

YABUSAME

Author:YABUSAME
PSO2をプレイして、結構たちましたねぇ。
SEGAさんの公式サポーターになって随分たちました。

さて、ここにはテキストコンテンツしかありません。
華やかな画像やSS、イラストとは無縁ですのでご了承ください。
ななめ読みとかして楽しんで頂ければと思います。





PSO2_200x200_応援バナー01

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